2014年2月22日土曜日

「原発は『ベースロード電源』」:ごまかしの婉曲語法


洋画のタイトルから本来的な意味で「邦題」がきえ、カタカナがそのままならべられるようになってひさしい。一般人の英語力(ここでは単語力という程度の)があがったからだということもきくが、そうではなく、タイトルの意味がとわれなくなり、そのなかのいくつかのしっている単語だけで、漠然とした意味だけでタイトルが理解されるように、あるいはされないようになったということだとおもう。その結果、非英語圏の外国映画のタイトルも、やけくそのような「愛のナントカ」的なものか、英語タイトルのカタカナ表記だったりして、「400発」ではわからんから「大人は判ってくれない」にしよう、「息切れ」ではなんか黒澤映画みたいだから「勝手にしやがれ」にしようというような気概とセンスは、映画タイトルの世界からは一掃されてしまった感がある。
カタカナ語がすべてわるいというつもりはない。どうしても訳せないものというのもあるのもわかるし、あるいは「ちょっと事故がありまして」というと「ええ?」と深刻になるところを「ちょっとアクシデントが」とやるとなんか雰囲気がやわらぐ、といった効果は(その事故の内容にもよるが)いいところだとおもう。直接そのままいってしまうときつい、おもい、きずつけてしまう、というようなことをさけるために、ことばをやわらげることばの手法を「婉曲(えんきょく)語法」と、古典修辞学以来よんでいる。「病気だ」というかわりに「ぐあいがわるい」、「だめ」というかわりに「ちょっと」というのもまあそうである。そしてカタカナ語もおなじようにつかわれる。借用してつかっている語であるという間接性のおかげで、おなじ意味でもカタカナでいうと語気がやわらぐ、なんとなくソフトな内容のことをいっているような気がする。ほかに、カタカナでいうとかっこよくなる、という効果もあり、そっちのほうが商業的にふんだんに利用され、うえの映画のタイトルについてもそこが利用されているのだが、ここではそのはなしはしないことにする。
「事故」を「アクシデント」という婉曲語法は、それなりに意味があることがあるが、「婉曲」にいうことは、ともすれば「ごまかす」ことになる。また、「アクシデント」は完全に日本語化している(ここで「日本語化している」ということの意味は、その単語を理解できないことは、英語をしらないことではなく、日本語をしらないことで、日本語での日常的なコミュニケーションに支障がでるということ)が、最近は、これとおなじつもりのふりをして、だれもしらない単語をしのびこませて、そのばをごまかすことがままある。もちろん、英語をよくしっているひとにはわかるが、それは、当然ながらすべての日本語話者に(日本語話者として)要求されていることではないので、こうした語の使用は、業界用語や専門用語を、説明なしに使用するのとおなじで、「わけわからん」ということになってしまう。それが娯楽映画のタイトルならたいしたことはないといえばないが、もっと大事なことだとこまったことになる。3年まえの原発事故以来、ぼくたちは、カタカナ語か専門用語かによらず、とにかくそのことに困惑させられてきた。「uiuasfaompoi[0up napo。だから安全です]のようなタイプのもの。
「積極的平和主義」はあやまった理解を誘導するというはなしをまえのブログでかいたけれど、政府はまだまだ、意味のわからないことばをこねくりまわしている(あるいはその反対に、わかりやすすぎることばでひとをいい気にさせるパターン(ポピュリズム・パターン)もあるが、これもまた別の意味のごまかしである。これについてもきっといつかかく)。たとえば「ベースロード電源」、なんかよさそうなかんじがすることば。北海道新聞を引用してみる。
原発「ベースロード電源」で調整 エネルギー基本計画
02/19 23:08

 政府が策定中のエネルギー基本計画で、表現が強すぎると批判があった「基盤となる重要なベース電源」との原発の位置付けを、「重要なベースロード電源」と変更する方向で調整に入ったことが19日、分かった。

 「ベースロード」とは英語で「基礎的な分担量」を意味する。「基盤となる」の部分に対し「強調し過ぎている」と与党内で異論が出ていることに配慮、この部分を削除して表現を弱めた。

 経済産業省は「常時一定量を発電する電源であるベース電源の概念を分かりやすくした」と説明しているものの、難解さは解消されていない。
「難解さは解消されていない」のではなく、よけいわかりにくくなっただけである。まったくわからなかったので、「ベースロード」をまずしらべてみようとおもったが、つづりがわからない。ぼくたちになじみのあるカタカナ語でむすびつけられるのは base road で、「基本路線となる電源」かなあとおもったが、正解はbase load、「基底負荷」という専門用語である。「原子力資料情報室」のサイトでは、「電力需要の「底」の部分で、常に使われている電力。」と定義されていた。グラフで比較的わかりやすくしめしてあるので、直接みていただきたい。
つまり、原発による電力供給をまず基本にかんがえて、あとのはそれにのっける感じでとらえましょうということなのだろうか。まちがっているかもしれないが、これはぼくのせいではなく、資源エネルギー庁のせいだ。あっているとして、もういちど北海道新聞の記事をみてみると、すぐにわかることだが、「ベースロード」をいいたいなら、「批判があった」ほう、つまり「基盤となる重要なベース電源」のほうが、よっぽどわかりやすい。そしてそれがわかりやすいのは当然である。与党内での批判は、「表現が強すぎる」のだったから、期待されているのはたしかに婉曲語法なのである。そこで、カタカナ語のでばん、ということで採用されたのが、このあたらしいほうの表現、「重要なベースロード電源」である。
変更まえと変更後の2つの表現がさす内容はまったくおなじで、変更されたのは「表現」だけであることに、ぼくたちはもっと注意しなければならない。しかも、それがそうであることは、上記の記事をみるかぎり、かくされてさえいない。内容をかえろと要請されたのではなく、表現をかえろといわれたのだ。そしてそこで認知度のひくいカタカナ語にうったえるというのは、すでにのべたとおり日本語の現状では常套で、その意味ではこの調整は「適切」であったということになる。
ただし、国民にむけた計画中の文書としてこれが適切な調整だったかというと、それはもちろんとんでもないはなしである。そのまえにもうすこしだけ「婉曲語法」について。日本語ベースの婉曲語法では、実際に、つよい意味の表現をよわいものにおきかえる。「重病」といえないから「ぐあいがわるい」というのであり、「無理」といいきるのはわるいから「ちょっとむずかしい」とはぐらかす。ここでは、その真意をどう理解するかとは別に、くちにされたことばそのものの意味はあきらかによわまっている。ところが日本語をカタカナ語におきかえる婉曲語法では、おなじような意味のよわまりはおこらない。たしかに、「アクシデント」のように、「ちょっとした事故」というよわい意味で定着してしまったものでは、それなりの意味のよわまりを(いまや)観察することができるが、このように慣用化がすすんでいないケースでは、カタカナ語におきかえることは、そういえばあいてに意味がわからなくなることを利用して、実際にはおなじことをいっているのに、カタカナがもつ独特のかるさにかくれて、なんだか内容までかるくなったようにおもわせるだけのことである。外国語はかるい。これはもっと卑近な例でもいえる。「うんこ」とおおごえでさけぶにはかなりのエネルギーがいるが、shitといわされるのは、罰ゲームだとしたら前者にくらべてかなり楽である。じづらになじんでいない語は、それにむすびついた意味のかるさを生じさせる。「基礎となる重要なベース電源」といわれると、「えーやっぱりそういうことなの」となるが、「重要なベースロード電源」だと、なんか意味がかるくなったかんじがする、じゃあまあいいかともうちょっとでおもいそうになる。そういうごまかしを、政府は、いけしゃあしゃあと展開しており、それをそのまま新聞にかかれている。そしてぼくたちのほうも、ちょっと余分に注意しないと、それに気づかずとおりすぎそうになる。
政府は、ぼくたちが税金でやとって、くにのいろいろをやってもらっている最大のサービス機関であり、ぼくたち全員は政府の顧客である。よく携帯の契約内容などで、重要事項の記述がちいさすぎて消費者が理解していなくてトラブルになって業者が処分されたりするようなことがあるが、あれのもっとひどいことを政府はやっている。「ベースロード」といっておけば、なんかかるいかんじがしていいでしょ、なるほど、というやりとりでエネルギー計画がつくられていっている。顧客である国民に、誠実なことばをつかえない政府。政治家かが、そんな正直なことするわけないじゃない、というおとなのアドバイスに、ぼくはそれでもいやいやといいたい。だからって、それをみすごしてたら、客のぼくたちが損ばっかりする、というかいのちさえあやういんですよ。おとなになってるばあいですか。そんなこといってたら、そのうち、「まあれも、『福島原発アクシデント』ってことで」といいかえられても気づかなかったりするかもよ。

2014年2月3日月曜日

こどもだましの「積極的平和主義」







 
当然のことだが、政治家はひとをだましてはいけない。ところが、周知のとおり、むしろひとをだますことが政治家のしごとか、というようなことが横行している。いまそのひとつひとつをあげて論じようというのではない。安倍晋三がもちいる「積極的平和主義」の語が、いかに意図的にひとをだますために使用されているのかということをのべ、このことばを、ただちに「積極的暴力主義」にあらためていただきたいということをのべる。すくなくとも、そのようにいえば、安倍の論は一貫したものになる。ここでは、安倍のこうした「安全保障戦略」の是非についてはおおくをのべない。その前段階として、かれの不誠実なことばづかいを批判することにおもきをおく。
まず「平和」について。「平和」についてのウィキペディアの項目をみて、その「リアリズム」におどろくと同時に、絶望的ななきもちになった。その冒頭には以下のようにある。
「平和(へいわ)とは、戦争や内戦で、社会が乱れていないこと。現実的には国家の抑止力が内外の脅威を抑止している状態である。史学的には戦間期(interwar)とも表現され、戦争終結から次の戦争開始までの時間を意味する。」(ウィキペディア:「平和」)
これにつづけて「概要」では、以下のようにいいきられている。
「人類の歴史は、戦争の歴史である。人類は戦争を繰り返し多くの生命、財産を消失しているが、戦争により、人類は発達した文明を築いている。現代社会は、核兵器の存在によって、核兵器保有国同士の大規模な戦争は抑止され、一応の平和が保たれている。現在でも国家間の軍事力の均衡が戦争を抑止しており、戦火を交えなくとも外交や経済を主軸とした、国家間の生存競争は絶えず行われている。異なる国家が隣接して国境が策定されている場合は、おのおのの国家が軍隊を組織して常時軍事的緊張を保っており、軍事力の均衡がまったくない平和は存在しない。」
ウィキは、しばしば他言語のサイトからの翻訳だったりすることもおおいので、ぼくがよむことができるフランス語と英語のページをみてみたが、このような記述はなかった。
“Peace is an occurrence of harmony characterized by the lack of violence, conflict behaviors and the freedom from fear of violence. Commonly understood as the absence of hostility and retribution, peace also suggests sincere attempts at reconciliation, the existence of healthy or newly healed interpersonal or international relationships, prosperity in matters of social or economic welfare, the establishment of equality, and a working political order that serves the true interests of all.” (Wikipedia : “peace”)
(平和とは暴力やあらそいの行為がないこと、そして暴力にたいする恐怖から自由であることによって特徴づけられる調和の生起である。敵対や報復の不在として一般的には理解されるので、平和とはまた、和解への真摯なこころみ、健全であらたにおりあいをつけられたひととひと、くにとくにとの関係の存在、社会的あるいは経済的な福利の繁栄、平等の確立、そして、万人にとっての真の利益にやくだつしっかりとした政治秩序の存在を暗示するものである。)
« La paix (du latin pax) désigne habituellement un état de calme ou de tranquillité comme une absence de perturbation, d'agitation ou de conflit. Elle est parfois considérée comme un idéal social et politique.
Dans la mythologie grecque, Irène ou Eiréné est une divinité allégorique personnifiant la Paix. » (Wikipédia : « paix »)
(平和(ラテン語のpax)とは、通常、攪乱や動揺、紛争のないしずかで安静な状態を意味する。またときに、社会や政治の理想とみなされることもある。/ギリシャ神話では、エイレーネーが平和を人格化する寓話的神性である。)
このように、これら英仏語のページでは、「平和」の中心的な語義が冒頭にのべられている。まずは、だれかが、このはずべき日本語の「平和」の項目をかきかえることからしなければならない(ぼくにはその能力がないのだけれど)。
こんなウィキの記述があるようなくにだからなのだろうか、安倍のとく「積極的平和主義」は「平和」の概念を歪曲し、さらにそれを「積極的」で粉飾することで、あたかもそれが「平和主義」を「積極的」に推進するものであるようにみせかけて、実際には逆のかんがえをおしすすめようとするものだ。かりに「平和」が、その語義がもつような理想的な状態をさすものとしてつかえるほどあまくないのだということをみとめたとしても「平和主義」はそうであってはいけない。これはイデオロギーの問題ではなく「主義」ということばのもつつよさの問題である。「〜主義 / -ism」とは、「〜」を原則とするということで、そのとき「〜」は、めざすべき理想でなければならない。したがって、すくなくとも「平和主義」における「平和」とは、「戦間期」でもなければ、「軍事的緊張を保」ったうえのそれでもなく、「社会や政治の理想」としての「社会的あるいは経済的な福利の繁栄、平等の確立、そして、万人にとっての真の利益にやくだつしっかりとした政治秩序の存在」といったものであるはずだ。これが大前提にならなければ、いかなる現実的な「平和」を希求することもできない。
つづいて「積極的平和」について。この用語はもちろん安倍のうちだしたものではなく、学術用語として提案されたものであることは、すでに各所で指摘されている。
「積極的平和は1942年、米国の法学者クインシー・ライトが消極的平和とセットで唱えたのが最初とされる。その後、ノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥ ングは消極的平和を「戦争のない状態」、積極的平和を戦争がないだけではなく「貧困、差別など社会的構造から発生する暴力がない状態」と定義した。」(神奈川新聞2014130日、坪井主税・札幌学院大名誉教授の発言引用。参照URL : news.kanaloco.jp/localnews/article/1401300008/
つまり、「積極的平和」とは、戦闘による「主体的」な暴力だけではなく、上記のガルトゥングによって「構造的暴力」とよばれる主体が特定できない暴力をふくむ、あらゆる暴力から解放された状態のことであり、これによって獲得される安寧をしめすものである。「〜主義」が「〜」を原則とし、その意味で「〜」の理想を念頭におくことをかんがえれば、「積極的平和主義」の意味とは、いまのべた意味での平和を希求することを原則としたかんがえや姿勢であるはずである。しかしながら、この用語をいたるところで連呼しながら、安倍は、集団的自衛権の行使容認に意欲をしめし、武器輸出三原則について、撤廃をふくめたみなおしに着手し、靖国神社を公式参拝し、「構造的暴力」の最たるものである原発の再稼働をすすめようとしている。
この意味で、安倍は二重に、そしておそらく意図的に「積極的平和主義」の意味を歪曲し、自分の「主義」について、あやまった認識を国民にあたえようとしている、あたえてしまっているとしかいいようがない。安倍の「積極的平和主義」は「平和主義」ではない。安倍はなにをいってもよいが、上記の言動をみるかぎり、「平和主義」の語をつかうのは矛盾である。ぼくは、かりに自分が安倍の言動のすべてに賛成するものであったとしても、安倍がそれを「平和主義」とよぶことには反対するだろう。そのぐらいまちがっているし、まちがっていると指摘しなければならない。
第一に、安倍は平和学で提唱される学術用語を不当に「援用」し、その意味を歪曲している。安倍はガルトゥングをしっており、日本語ではこれを「積極的平和主義」といいながら、英語では別の用語におきかえていることもすでに指摘されているとおりである。まごびき(再引用)になるが、以下は、東京新聞の記述を安井裕司がまとめたものをである。
「安倍政権の勉強不足かと思いきや、20131019日付けの東京新聞では、安倍政権はガルトゥング氏らの「積極的平和」=Positive Peace論を(知っているのか、知らないのか)敢えて海外ではPositive Peaceという言葉を避けていることを指摘しています。
記事では、安倍首相が米国の保守系シンクタンク・ハドソン研究所で先月行ったスピーチにおいて、「積極的平和主義」をProactive Contributor  to Peaceと言っており、和訳すれば「率先して平和に貢献する存在」となり、前出の坪井教授は、Proactiveでは軍事用語では「積極的平和」=Positive Peaceの意味ではなく、『先制攻撃』のニュアンスで受け取られるとしています。しかし、そのスピーチも首相官邸のホームページ上では「積極的平和主義」と訳されており、坪井教授は「言葉のマジック」と言われています(東京新聞、20131019日)」
(安井裕司ブログ『グローバル化は足元からやってくる~国際学で切り取る世界と社会~』:http://www.quon.asia/yomimono/business/global/2014/01/15/4562.php#pageHeaderArea
安井はおなじブログ記事で、「学問上、新たな平和学の定義を構築しても問題ないのですが、その際は、ガルトゥング説を踏まえて論じていくべき」であるとただしくのべているが、英訳を改変するということは、確信犯的におなじ用語を別の意味で使用している(そうでなければ不勉強もはなはだしい)といえるものであり、誠実な言論にたいする姿勢とはいいがたい。
では、なぜ安倍はこのような姑息な手段にうったえてまで、「積極的平和主義」にうったえたのか。これは「平和主義」を歪曲することにくわえて、「積極的」の語がもつ多義性にうったえて、「よい意味のことば」をねつ造しようとしているからにほかならない。これが安倍による第二の歪曲である。そうでなければ、この誤用を、安倍の極端に不十分な日本語能力によるものと判断するしかない(そのほうがまだましであることはいうまでもなく、「まちがえました、「積極的暴力主義」でした」と訂正すれば、安倍のかんがえがクリアになり、すくなくともよくわかることをいっていることにはなる)。
「積極的」というのはpositiveの訳語としておそらく明治期につくられたもので、『広辞苑』(第五版)の「積極」の項にはつぎのようにある。
「対象に対して進んで働きかけること。静に対して動、陰に対して陽、その他肯定・進取・能動などの意を表す語。」
「平和」が主として「静」のイメージをもつ語であることをかんがえると「積極」にある「動」のイメージとの矛盾があるような印象がもたれるだろう。しかし、そのことによって、「積極」によってしめされる具体的な行動が、「平和」の意味に矛盾するものであってよいということではない。ガルトゥングにしたがえば、ただ戦争がないというだけでは、平和は消極的なものでしかなく、貧困・差別などをなくすような「積極的」なアクションをおこしていかなければならないというのが、ここでいわれる「積極」の意味である。つまり、「平和」のもつ「静」のイメージにひっぱられることなく、「積極的」にそれを希求してゆかなかければならないということ。これにたいして「安倍」の意味する「積極」とは、「平和」との語義矛盾を辞さない「動」としての「積極」で、「平和を維持するために、軍事力を増強する」と解釈できる。これはたしかに、「積極=動」「消極=静」のイメージに合致する、なにもしないでいるのは消極的平和主義、平和を維持するために軍備を増強するのが積極的平和主義という図式である。また、「積極」は「ポジティブ」なので、「よい意味」でつかわれることがおおい語でもある。「積極性のあるひと」はよいひとだし、「積極的に発言する」のは議論にとって有効である。したがって「平和主義」にかかる語としての「積極的」がわるい意味のはずがないと「積極的平和主義」は予想させる。しかし、そこにガルトゥング的な意味ではない、別のものをしのびこませたのが安倍流の「積極的平和主義」であり、坪井主税が「言葉のマジック」というものであることに、ぼくたちはどうしても気づかなければならない。「どろぼうや暴漢がいないからと平和をかんじているだけではいけません。いざというときにそなえて、各家庭に銃を1丁そなえるようにしましょう。愛するうつくしい家族のために」というのが安倍流の「積極的平和主義」、「どろぼうや暴漢がいないからというだけで平和だとおもうだけでなく、どろぼうや暴漢になろうとするひとがうまれないような、貧困や差別のない社会をつくっていくために具体的に行動してゆきましょう」というのがガルトゥング流の積極的平和主義。どちらが「平和主義」の名にふさわしいかは、議論するまでもないことである。
ところで、理想と現実が天秤にかけられ、理想はそうかもしれないが、現実にはこうなのだから、それに即してこうするしかないではないか、というものいいのパターンがある。原発を将来的にゼロにするために再稼働します、平和のために軍備を増強します、といったものがそれにあたる。そして、政治家はそれがとても得意である。「積極的平和主義」でも、ぼくの以上のような議論について、冒頭にしめしたウィキのような「平和観」で応酬されるであろうことはめにみえている。武力を前提にしない平和は、いまや想定できないものであるというものいいである。最初にもかいたように、いまのぼくには、このことについて十分な議論をする用意はない。しかし、もしそうであったとしても、だからといって「平和主義」の語のなかの「平和」にそのような「現実的」な意味をあててはいけない。何度ものべてきたように「主義」とは理想をかかげるものである。安倍がいおうとするようなことで「平和主義」をかかげているようでは、そもそも平和についての意識のスケールがちいさすぎるし、すでにのべてきたような誤解をあたえ、それが「平和」なのだと「平和」そのものの意味がすりかえられてしまう。いったい安倍は、こどもたちが「平和っていうのは、戦争と戦争のあいだの時期のことだよ」と理解してしまうかもしれないことに何の抵抗も感じないのか。正直に(現状にもとづいた)「積極的暴力主義」というか、かんがえをあらためるか、ぼくは後者のほうがいいけれど、即刻検討していただきたい。ひとをだましたり、ごまかしたりしてはいけない、おもっていることがどんなことでもいいから、せめてきちんとしたことばでのべてほしい。そうでなければ、まともな議論さえできない。そしてそんなことを国家のトップになぜいってきかせなければならないのか。

2014年1月29日水曜日

おとをことばにし、ことばをおとにする時間(湯川潮音ライブ)


湯川潮音の新譜『濡れない音符』(201311月)リリースにともなうツアーの一環として、大阪の島之内教会で125日におこなわれたひさしぶりのコンサートにいってきたので、それをききながらおもったことをかきます。
うたは、おとをことばにし、ことばをおとにするふしぎな時間をうみだす。「楽器がうたう」瞬間をかんじることがあるけれど(後述)、それでも楽器にはなかなかできないものとして、うたには、そこにでてきたおとが、「ことば」となって意味をはこんでゆくそのながれにひとをのせることができる。でも、そのいっぽうで、「ことば」だとおもっていたこえは、うたいてによって縦横無尽にひっぱられたり、かたちをかえたりされることで、ぼくたちが日常「ことば」としてわかったりわからなかったりするものが、ふたたび「おと」や「ひびき」になる瞬間をうみだす。それは、矢野顕子みたいなこえの「名人」のようなひとも、ボブ・ディランとか、チェット・ベイカーのようなひともおなじようにしていることで、ぼくたちが「こえ」にこころをゆさぶられることの要因のひとつに確実になっているはずだ。
たとえば、しろいキャンバスにえのぐをぬりこめ、ぬりかさねてゆき、そして「完成」したものがひとまえにだされる絵画のような芸術ジャンルとちがって(たとえライブ・ペインティングであっても、最後に「できあがった」ものがのこるから)、音楽は、時間のなかにおとをうみだし、そしてそのおとがきえてゆくなかでだけ存在する芸術で、そういう意味では、とても切ない芸術ということになる。おとがうまれ、きえて(しんで)ゆく時間が、音楽をたのしむ時間になるという切なさ。
おとをことばにし、ことばをおとにするうたいてたちは、だから、ほんとうはとても大変なこと、そして大切なことをやっている。うみだし、きえてゆくものをつなぎ、つむぎ、ぼくたちのみみと、そのおくにあるこころに、「うた」をおとしてゆかなければならない。ぼくの友人のうたいては、もうほんとうにながい時間うたいつづけているひとだけれど、「なにをうたえばいいのかわからない、うたうべきなのかどうかもわからない」とつい最近ぼくにうちあけてくれた。完成することのない、時間のなかにだけ存在する「うた」をひとまえでうたってみせるということは、もしかすると、いろいろな芸術表現のなかでも、とりわけきびしいいとなみかもしれないし、はだかにされた自分をひとまえにさらすようないたみをともなうものなのかもしれない。
どんなふうにして、こえをことばに、ことばをおとにすればよいのか、ということをいろいろかんがえたり、感じたりしてでてきたものが「楽曲」で、それを10曲とか、20曲とかもってうたいてはぼくたちのまえにあらわれる。うみおとされる意味をもつおと、意味をうしなうこえの連続に、ぼくたちは、それがすばらしいものであれば、祝祭的な気分につつまれ、たのしい時間がはじまり、そしてすぎてゆく。うたいてと聴衆のあいだに、濃密な時間がうまれ、そしてきえる、というのが、うたもののコンサートでおこっているできごと。でもそうやってうたをたのしめる瞬間を、うたいてと聴衆が共有できるのは、たぶん、ちょっとした奇跡なのかもしれないと、湯川潮音のうたうすがたをみながらおもっていた。
はじめにもちらっとかいたように、うたではないけれど、でもとてもうたにちかいことを楽器でするひとがいる。たとえばセロニアス・モンク。もうずっとまえ、ともだちのいえでモンク(『ソロ・モンク』だったはず)をかけていたら、そこにいたひとが、なんか木訥(ぼくとつ)としたなごむ音楽ですねえというような感想をもらした。ぼくは一瞬ちょっとびっくりした、というのも、ぼくにとって(それまで)モンクのピアノは、ぎりぎりの、とても緊張感のたかいもので、いったいつぎにちゃんとおとがきこえてくるのか、そしてそのおとは、どのぐらいのつよさでどんなふうにみみにおそいかかってくるのか、と、なかばたたかいみたいにきかないといけないとおもっていたようなものだったからだ。
でもそういわれてきいてみたら、モンクのピアノは、たしかにやさしいし、あたたかい、あつい。木訥というのは、全然あたっている。動画などでみていると、ほんとにこのひとはちゃんとピアノをひけるひとなのか、なんでこんな運指で、こんなてのうごきでちゃんとおとがでるのか、というところがある。でもたぶんそのいっぽうで、ぼくのいうぎりぎりの緊張感というのも、きっとはずれてはいない。ジャズのことはよくわからないけれど、モンクをきいていると、「つぎにどのおとをだすのか、どのおとで『メロディ』をつなぐのか」といったことに、ほとんどいのちがけで鍵盤にむかっているようなすさまじさのようなものを、それでもやっぱり感じざるをえないからだ。
でも、きっとそういう「たたかい」のようなことは、ほんとは現代音楽のひとなんかが普通にいつもやっていることで、モンクがすごいのは、それがモダン・ジャズだということ(フリーでさえなく)。ジャズなんだから、グルーブがないといけないし、なによりたのしくないといけない。そして実際、モンクの音楽はたのしいし、めちゃグルービーだし、ソロはなごむ。
島之内教会で湯川潮音の歌唱をたのしみながら、ぼくはふと、このひとは、モンクのようなうたいてだとおもった。モンクの音楽にある(そしてほんとはすべてのまともな音楽にはあるもので、モンク、そして湯川においてぼくがひときわつよく感じることができる)、そのばでうまれて、そしてきえるものとしての、つまり生と死そのものにかたちといろをあたえた、両義的な、切なく、たのしいその感じとおなじものが、湯川のステージにたしかに感じられたような気がするのだ。すこしおおげさかもしれないが、これこそが、「うた」の原初的なすがたなのかもしれない、おとがことばになり、ことばがおとになるというもつれあいの目撃者となること、そしてそこでまのあたりされる生と死のつづらおりによろこび、かつおののくこと。
「生と死」という、すこしおおげさにきこえることばについて説明する。音楽は、時間のなかに存在するのだということはすでにかいたし、あたりまえのことだが、もうすこしほりさげると、あるおとがでて、きえて、つぎのおとがいつごろどんなふうになるのか、そして、そのつぎのおとはまえのおとにくらべてどうなのか、という記憶に依存して、メロディも、リズムも存在する。「記憶」とは、なくなったものをおもいだすこと、おぼえていること。そもそも、ぼくたちが時間の感覚をもつことができるのは、なくなったものをおもいだし、それをいまあるものとつなぎあわせることができるからである。メロディやリズムをかんじるというのは、ぼくたちが、ぼくたちのまえをとおりゆくさまざまな生と直後の死をつなぎとめながら、そのときそのきのいろとかたちをもってながれる時間のうつくしさやきびしさや、こうごうしさや、まがまがしさや、たのしさや、興奮や静謐さや、その他いろいろなものにこころをうたれたり、高揚したり、ないたりわらったりすることである。さまざまな生と死につむがれた、つづらおりの時間のながれを、うたになるおと、おとになるうたに凝縮させたものが、音楽。これは音楽の定義ではないが、音楽がきっともっている大切な部分ということ。
湯川潮音は、「湯川潮音」としてうたいはじめて11年ということだ。そして、最近の数年間、うたえなくなった時間があったとブログかなにかにかいていたのをよんだようにもおもう。そんなことは、ほんとうはおこってあたりまえのことだ。ひとまえで、これがわたしの表現なんですとうたって、そうやってひとをたのしませたり、おののかせたりする、それをそのまま「自分」としてみせつけなければいけないことをくりかえすのがうたいてなのだから、そんな、みをけずるようないとなみを、ずっとつづけられるほうがすごすぎる。その、10年くらいまえに湯川のうたをはじめてきいたとき、ぼくは、そのうたごえや楽曲のすばらしさに驚嘆しながら、このひとには、ぜひきっといつまでもうたいつづけてほしいとはじめからおもっていた。
そしてそれは同時に、そんなことをねがいたくなるぐらい、彼女のうたには、モンクのピアノとおなじような生と死のせめぎあいがあったということだ。だから、前作がでてからのしばらくの時間、ぼくはひそかに気をもんでいた。そしてきくことができた最初の曲が、「かかとを鳴らそ」だった。
「かかとを鳴らそどこかへたどり着いたとき ぼろぼろに疲れて笑っていたい」という最後の歌詞がこころにのこる。やっぱりそうだよねというきもちになる。
そんなわけで、『濡れない音符』は、ほんとうに待望の新作だったし、その内容は、ぼくのその念じるきもちをうらぎらない、すばらしい作品となった。そして、コンサートについては上記のとおり(あまり具体的にかけてないけど)。その余韻をかみしめながら、ぼくはこのところ湯川とモンクばかりきいている。
その日わたしは音楽の中にいたから
あしたともきのうとも手をつなぎながら
ここにいるよと謳われていた
(湯川潮音「その日わたしは」より)

2013年8月15日木曜日

映画『ひろしま〜石内都・遺されたものたち』


遺品とはなにか、故人がのこしたものである。故人がのこしたものとはなにか、生前、故人に属していたものたちのことである。故人に属していたものたちとは、故人がきていた衣服その他の服飾品、故人がつかっていたメガネなどの道具類、故人が愛玩していた人形、その他。
なにか、そのひと用に、大なり小なり「カスタマイズ」されたものが「遺品」となるのではないか。その「カスタマイズ」はたとえば「あつらえた」ものがもっともわかりやすいけれど、そのひとが使用したり、みにつけたりするうちに、そのひとの、なんらかのそのひとらしさのようなものをまとったもの、それをしみこませたようなもの、そしてそれがそのものの「表情」としてあらわれるようなものを、ひとは「遺品」とおもうのだろう。パソコンよりは万年筆とか、炊飯器よりはおなべとか。
衣服は、その意味で、「遺品」のなかでももっとも「遺品的」なもので、この映画でも、石内都が撮影したものとして紹介される被爆者の遺品のおおくは、衣服だった。
「ヒロシマ」という現実は、「たくさんのひとびとのいのちをうばいました、そしてうばいつづけています」というものいいでは「マス」の現実ととらえられる。そして、おおくの大惨事は、当事者以外にはどうしてもそのようにとらえられがちである。東日本大震災を、福島を、それから2年半たったいま、ぼくたち非当事者のおおくは、やはりそのようにしかとらえることができない。ましてヒロシマからは、もう68年もたってしまったのだ。
石内が、この一連の作品でなにを意図していたかということにかかわらず、遺品を撮影することで、マスの現実をひとりひとりの、モノクロ写真ではなく、天然のいろをもった、しかもそれ以来ずっと継続する(いちども断絶していない)時間の延長上の現実(遺品もそこにいまあるものであるという意味で)が、そこにあるし、ぼくたちは、それをきちんととらえ、それになにかをかんじることができるのだというのが、この映画をみて、ぼくもふくめたおおくのひとがかんじることではないだろうか。映画の公式サイトにも監督(リンダ・ホーグランド)のコメントとしてあるように、だからといってこの映画は「啓蒙」のための映画ではない。ぼくがおもうに、あえて単純ないいかたをすれば、この映画は、「マス」を「個」にひきもどすための映画ではないだろうか。そしてそのために、石内都の、毎年広島にいっては遺品(いまも毎年原爆資料館に寄贈される遺品はふえつづけているということ)の写真をとりつづけるという活動をドキュメンタリーのかたちでつたえることが、そのとても有効な方法のひとつだったということ。
石内の展示作品では、ポスターやフライヤの写真にもなっている、くろいジョーゼットのワンピース、うつくしいはながらのワンピース、みずたまのブラウスなど、「戦時中」しかも終戦直前の「大変な時期」とはおもえないようなうつくしい衣服(もちろんその多くは被爆による損傷のあとをいろこくのこしている)の写真がめにつく。これらについて、作品中、収蔵された遺品を石内に提供するしごとにたずさわった学芸員のコメントでは、戦時中である以上、「華美」な服装はつつしまれ、おおくの女性はもんぺすがたで「臨戦状態」である社会にいきていた。しかし、そんな女性たちのなかには、その戦時生活の服装のしたに、ひっそりとそういう自分のよそおいをみにつけていたというのだ。
石内がかずかずの遺品のなかから選択して撮影したものが、もしびりびりにさけたもんぺや防空ずきんばかりだったとしたら、おそらくそれらの写真をみるぼくたちの意識は「マス」の現実からしたにおりてくることはないのかもしれない。戦争とは、まさに「個」が「マス」のなかにかきけされるものなのだ(そして国民服ももんぺも、まさにそれをひとびとにおもいこませるためのキャンペーンだった)という事実から、ぼくたちは一歩もふみだすことなくとどまって、「たくさんのひとびと」の惨禍にかたをおとすことしかしないのかもしれない。
もんぺのしたにうつくしいよそおいをかくしていた広島の女性たちは、その「よそおい」のメッセージを、いったいだれにむかって、なににむかって発していたのだろう。これは、たとえば、よくしられるように、淡谷のり子が慰問演奏でもんぺを拒否してステージ衣装をまとったという事実とは性質の異なることである。戦時体制へのひそかな抵抗とおもうひともいたかもしれないが、それ以上に、かんがえればあまりにもあたりまえのことなのだが、そういう時期であっても、「個」としての人間は、どこにもかききえていないのだということを、「表現」したのではなく、そういうあたりまえのことを、ただいきていたのだということ。だから、これはメッセージではない、そういう時間がきちんとながれていたのだということを、ぼくたちがおもいだし、おもいしらなければいけないのだということ。それだけ。
遺品は、そのひと用に「カスタマイズ」されたものであると最初にかいた。「カスタマイズ」とは、ひとが他人ではなくほかでもない自分であるということを認識するためのいとなみである。衣服は、したがって「自己表現」のようになにかおおげさなものなのではなく、「ほかでもない自分」を意識するもっとも端的な手段ということだ。そしてそれはしばしばとてもうつくしいいとなみである。石内は「うつくしいとおもうものを普通にとっているだけなんです」と、うそぶきともおもいかねないことをいっている。当然だが、被爆がうつくしいといっているのではない。「ヒロシマ」という惨禍のなかでも、ひとは「ひとびと」ではなく、「ひとりひとり」としてうつくしくあったのであるということをファインダーごしに遺品とかたらいながら、そのありさまをフィルムにやきつけたということ(この映画にみるかぎり、石内はフィルムカメラを使用していた)。
この映画は、石内のこれらの作品の展覧会がはじめて北米でもよおされたときのようすを中心にとられたものである。北米といっても合衆国ではなく、カナダの先住民に関する人類学博物館で開催された企画展だった。そこで、その展覧会にかかわったカナダの歴史学者が、石内にかたりかける。「カナダは核をもたない平和主義のくにといわれていますが、それはうそです。戦時中カナダはアメリカの要請でマンハッタン計画に参加し、国内でウランの採掘をおこなってアメリカに提供しました。そして、この博物館にその伝統文化が展示されている先住民のひとたちが採掘工事にかりだされました。広島・長崎の原爆投下後、先住民のひとたちはその事実をしり、自分たちの採掘したウランによってたくさんのひとのいのちがうばわれたことをしり、その事実をみとめて謝罪したのです。アメリカも、カナダもあやまっていないけれど、このひとたちはあやまった」こんなようなこと。
ぼくたちはおおむかし、ちいさな共同体でいきていたころから、社会や文明を発展させ、グローバル化とまでいわれる世界のネットワークを構築してきた、構築してしまった。でも、ぼくたちにはそのおおきな規模の共同体をきりもりし、そうやってつながりあった世界のあちらとこちらで、ひとがなにをおもい、なにをし、あるいは自分がしていることがなにを世界にもたらすかなどをきちんと想像できるようなちからをもちあわせていないし、このさきももちあわせることができるのかはわからない。それなのに、ぼくたちは世界をひろげることをやめないし、ひろげなくてはどうしようもない世界にしてしまった。「個」の存在にどのぐらいおもいをはせることができるか、それができなければ、ぼくたちはほんとうはなにをする資格もないのだ。それなのにである。
この映画は、「戦争はいけない」をうったえる啓蒙映画ではたしかにない。石内の作品はすべてうつくしく、「わたしはみずたまがすきだからこの写真がいちばんすき」と無邪気にわらうわかい鑑賞者の視点をもかくそうとしていない。しかし、そのいっぽうで、この映画は、そこ(ヒロシマ)にいたひとたちのひとりひとりが、当然のことながらそれぞれ「個」の存在であったことをいやがおうでもぼくたちに認識しなおさせるものである。そして、そのひとたちひとりひとりの遺品は、「犠牲」というものがいかなる意味でもあってはならないものだということをかたるものでもある。被爆者も、被災者も、すべての「犠牲者」は、そういうめにあってしまった例外的なひとたちの集団(事後的にそうなっただけなのに、なぜかぼくたちはそれをそうとらえることができない)ではなく、おなじひとりびとりであり、そうである以上、つまり、あなたがなにかの犠牲になるすじあいがないのとまったくおなじ意味で、だれもそうならなければいけないひとなどいないのだという、小学生でもわかるあたりまえのこと。「個人」という概念がわからなくてもわかること。
大震災と福島というまだまだ直近としかいいようのないもっとちかくの惨禍でさえも、ぼくたちはそこにいるひとりひとりを、わすれているつもりはないけれど、うまく想像できなくなる。そのぐらいぼくたちはいそがしい。いそがしくさせらている。芸術は、そういうぼくたちを、たいせつなもののちかくにそっとひきもどしてくれるちからをもつことがある。そして芸術がしてくれることはそこまででもある。そこから、について、かんがえてみようとおもう。

(写真はこちらからいただきました:http://www.thethirdgalleryaya.com/exhibitions/2010/10/six.php) 

2013年1月30日水曜日

『ドキュメンタリー映画 百万回生きたねこ』

  
 絵本はこどもにしたしまれることを目的としておとなによってつくられる。おとなは、かつてこどもだったけれど、こどものころの自分の感覚や感性についてきちんとおぼえているわけではない。おぼえていても、ほんとうにそのときの自分の感覚で世界をみなおすことができるわけではない。だから、絵本のなかには、きっとこどもはこういうはなしをすればよろこぶだろう、というおとなの誤解にもとづいたものもきっとあるはずだし、そうでなくても、はたしておとなが「これはすばらしい」とおもう絵本を、こどもがおなじようにうけとめているのかどうかはわからない。
ネコとのかかわりもおなじだ。ネコは、イヌより無表情だが、なんとなく、「いろいろかんがえてそう」なところは、イヌよりもつよい、というのが一般的な印象ではないだろうか。しかし、だからといって、ネコの「思考」があきらかになっているわけでもなく、なんとなくつうじてそう、わかってそう、というところでぼくたちはネコとかかわり、かかわっているような気分になっている。しかし、本当のところはまったくわからない。
でも、もっと本当のところをいえば、おとなとこども、人間とネコ、というだけでなく、おなじ日本語なら日本語をつかうおとなの人間どうしでも、ほんとうのところ、なにかがきちんとつたわっているかどうかということは、たしかめるすべがない。このことについては、だいぶまえのブログでかいた(http://noribottisme.blogspot.jp/2011/10/blog-post_31.html)。
ぼくたちは、社会にいきている以上、いつもだれかとかかわっているが、いつもほんとうのところ、自分のことがわかっているかどうかということをたしかめることができない。ぼくたちはいつも孤独である。孤独であるけれど、だからといってひととかかわりながらいきることをやめられない。やめたくなることはあるかもしれないけれど、それでも、たとえばひきこもったりしていても、ことばによって思考することそのものが、自分のおもいを客体化することである以上、「かかわり」に、すくなくともゆるやかにつながるものでありつづける。ぼく自身、休暇中など何日もひととしゃべらないことがあるけれど、それでもぼくのこころが、始終はなしつづけているのがきこえてくる。
すこしはなしがそれてしまったが、いま、きょうみた映画『ドキュメンタリー映画 百万回生きたねこ』をみて、おもったことをかこうとしている。この映画の概要、予告編などについてはこちら。
ぼくは、予告編だけをみて、内容をよくたしかめずにみにいったのだけれど、これは、末期癌におかされた佐野洋子の闘病生活をおうドキュメンタリー映画ではない。実際に彼女は映画の中でなくなるが、彼女自身が、そんな映画はごめんだと映画のなかではなしている。むしろこの作品は、『百万回生きたねこ』という絵本そのもののドキュメンタリー映画というのがふさわしく、現にタイトルがそうなっているではないか、とみたあとに気づかされた。とはいえ、この映画をみるにあたり、この絵本をあらかじめよんでおく必要はない。ぼくもそれをまよいながら、結局よまずに映画館にむかったが、映画のなかで、ぼくたちはその全ページをいちまいいちまいめくることができる。
この映画には、佐野洋子が出演するが、彼女自身のすがたがうつされることはなく、こえだけがきこえてくる。そして登場人物は、ぼくのしるかぎり、渡辺真起子という女優をのぞいて、すべていわゆる一般のひとではないかとおもう。何人かの母親、そのなかには、画面から判断するかぎり、しあわせな家庭生活をおくり、家族の大切さをかんじている者もいれば、体外受精までしてさずかったこどものこそだてがうまくいかず、自分の母親に批判されることにくるしむ者いる。わかいころに子宮筋腫でおそらく子宮を摘出し、おやに「かたわ」よばわりされた50歳の女性、高齢の母親を介護しながら、奇抜にきかざることへの執着からはなれられない61 歳の女性、うつにくるしみ、自傷をくりかえすピアニスト、おさななじみのころから長年つれそったおっとをなくし、山村で茶をつみながらいきる79歳の女性など、さまざま。ただ、全員が女性だった。そして、映画のなかでは、これらの女性たちを映画製作者がどのようにみつけてきたのかといった説明はない。すこしウェブなどでもみてみたが、よくわからない。それだけではなく、たとえばこれらの女性たちが、たとえばこの絵本のおかげで苦境をのりきりましたとか、この絵本はすばらしいというようなことをこわだかにさけぶというわけでもない。もちろんすくなからぬ女性については、作品内で彼女たちが自分のこどもとかかわったり、こどもにこの絵本をよみきかせる場面をみることができるが、「ねこが何回もしぬのがこわくて、こどものころはこの絵本がきらいだった」という母親もいる。そして、いったいこのひとは、『百万回生きたねこ』とどうかかわりがあるのかよくわからないまま、というひともいる。
映画のなかできこえてくる佐野洋子のことばのなかに、こんなものがある。記憶にたよってなので、正確ではないかもしれないが、こんなこと。ひとは、いきている以上、自分を愛し、自分のいきる世界がよいものであればいいとねがい、そのようにするものであるはず。やっぱり記憶に自信がないので、だいぶぼくの解釈がはいってしまっているかもしれないが、こんなようなこと。これは、よい生をいきよ、という訓辞のようなものではなく、ただいきていることがそういうことなのであるという意味あいでとらえるべきものであると理解している。
『百万回生きたねこ』では、さまざまな運命のもとで百万回いきて、百万回しに、百万回いきかえったネコが、ある日、「しろいねこ」にめぐりあって恋におち、たくさんのこどもをうむが、こどもがおおきくなって、みなどこかへいなくなってしまったある日、しろいねこはしずかにいきをひきとる。ねこは何日もなきつづけ、そして、しろいねこのかたわらで、自身もいきをひきとり、にどといきかえることはかった、というところではなしがおわっている。ねこが生死をくりかえした百万回の生では、ねこはつねに、王様や漁師、サーカスの団長、どろぼう、老婦人、おんなのことなどの人間に飼われる存在であり、自分の生をみずからひきうけることがなく、その生をねこ自身もことごとく「だいきらい」でありつづける。だからふとしたことでねこはしに、かいぬしたちは例外なくその死をおおいにかなしむが、ねこはちっともかなしむことはない。漫然とした生は、いきられていない、だから自分の生をひとはあいすることはなく、生に執着することもできない。ぼくたちのこころは、ひきうけるべき生をみいだすまでは、そうやってかりそめの「生死」をつづける。だが、これが自分の生であるというものをみいだしたときに、つまり、生がはじめて充実したときに、ひとつのかぎりあるものとしての生がぼくたちのまえにたちあらわれ、あるときぼくたちはそのおわりをしずかにむかえる。そのあいだぼくたちはなにをしなければならないとか、こうしなければいけないということはない、けれど、ただいきているだけで、ただそうすることが、生の充実であり、いくつもの生がささえる世界の充実であるはずである。そんなことをこの絵本はかたっているのだろうか。
このようにかいたことがもしそれほどまちがっていないとしたら、この映画のなかで、脈絡についての説明なく登場するさまざまな女性についても、すこし理解することができるような気がしてくる。これらの女性たちは、それぞれさまざまな境遇をいきているが、彼女たちは例外なく、みずからの生を、それぞれのやりかたでひきうけ、かりそめではない生をいきようとしている。「かりそめではない生」は、しかしながら「ほんとうの人生」というものでもない。これが唯一いきるべき人生、とるべきみちとしてえらばれたものではないかもしれないけれど、自分は、自分なりのしかたで世界とかかわっている、それが、自傷行為のくりかえしをふくみこむものであったり、すなおに愛せないこどもにむかうきもちをかかえながらのもであったとしても、「こういきよ」というどこかのこえにしたがうのではない生が、そこではいきられる。それが、これらさまざまな女性たちと、この絵本との、直接・間接のつながりなのではないかとおもった。
「ねこは孤独な目をしている」と佐野はいう。あいすべき家族にかこまれているひとも、自傷行為をくりかえすひとも、長年つれそったおっとをなくしても故郷の山で茶をつみつづけるひとも、ひとは、世界とかかわりつつ、孤独でありつづける。この映画では、たとえば佐野洋子の生涯についてもまんべんなく説明されているわけではない。心臓が右にあり、12歳で他界した、つかれたように絵をかきつづけたあにの存在は、それでもこころをうつものであったが、孤独でありながら、世界とのかかわりをやめることのない生、これを肯定すること、これをつたえるために、この映画はとられたのだろうか、そんなことをおもった。インタビューをうけるすべての人物たちが女性であったのは、絵本→こども→母親といった短絡的な連想関係によるのではなく、彼女たちそれぞれのものがたりが、実は佐野の生そのものとかさねあわされたことによるものではないかと推察している。だからこそ、この映画では佐野自身のことが詳細にかたられることはなかったし、その必要もなかったのだ。
監督・撮影の小谷忠典というひとの作品をみたのは、これがはじめてだった。佐野に「あんたはなんでうちにくるのだったっけ?」となかばからかわれながら、まさに死にいたる日々にカメラをむけつづけ、目をうばうほどのうつくしい映像をつむぎあげた彼の才能に感服する。たくさんの、おそらくのらねこたちのショット、軽井沢の佐野宅の縁側から庭にふるゆきの風景、きりにけむる山のショット、佐野の出生地である北京でのさまざまな映像、そして登場する女性たち、こどもたちにむけられたやさしいカメラのまなざしは、「ドキュメンタリー」の語が想像させるなまなましさからはとおく、おそらくは小谷の映像感覚によって、とてもやさしいものとなっていた。

2013年1月3日木曜日

映画『愛について、ある土曜日の面会室』

 

ひさびさに映画館でみたフランス映画の封切り作品。監督は新進気鋭、制作時28歳のレア・フェネールの劇場第一作。
最近の洋画は、英語のものはタイトルが翻訳されず、そのままカナ表記という場合が多く、『未知との遭遇』のような「名訳」にお目にかかることもなくなったが、フランス映画については、そうはいかないので、こうして「邦題」がもうけられることが多い(英語圏で上映された作品なら、その英語タイトルがカナでもってこられることもある)。『勝手にしやがれ』『大人は判ってくれない』『突然炎のごとく』など、ヌーベル・バーグ期などはとくに、原題には無関係なのに、いいかんじの邦題もかつては多かったが、このところ、自分がフランス語がわかるようになったせいもあるのだろうが、この「邦題」にげっそりさせられることも多い。この作品の原題はQu’un seul tienne et les autres suivrontというながいもので、試訳すれば「だれかひとりだけでもがんばれば、ほかのひとはついてくるよ」というもので、まさかこれをそのまま邦題にしろとは言わないまでも、とはおもう。「愛について、ある土曜日の面会室」は、この映画の場面設定と、底にながれるテーマを一緒にした、ある意味で(みたひとには)わかりやすいものだが、そのままいってしまうなよ、とくに「愛について」としてしまってはみもふたも、という感想をそれでももってしまう。「底にながれるテーマ」と明言できるのは、ユーチューブでみつけたインタビューで、フェネール自身がはっきりそういっていたからである。この作品のシナリオはすばらしいし、その発言も本人がいう以上そのとおりというしかないが、これをタイトルにいれてしまうというのはまた別の問題である。これが、もうすこし評価のさだまった中堅以上の監督の作品なら『面会室』で十分だった気がするし、そのほうが映画のタイトルらしい。もしかすると『面会室』とう邦題の映画がすでに存在するのか、とおもって「映画 面会室」で検索したら、ほぼ全部、この作品『愛について』についてのページで、インターネットおそるべしとおもった。この検索については、実はもっとおもしろいことも発見したのだが、これ以上タイトルのことではなしをひっぱるわけにはいかないので割愛する。
映画のストーリーその他については(あとでわりときちんとかくけれど)、以下の公式サイトをどうかご一覧いただきたい。
http://www.bitters.co.jp/ainituite/
そんなにたくさんの映画をみたわけではないが、とても独創的なストーリー。3つの、おたがいに無関係なひとたちが、それぞれ、それぞれの理由である土曜日のおなじ日に,刑務所の面会室でとなりあわせる。息子を殺された理由をしるために、犯人に面会しようとするアルジェリアの中年女性、暴力沙汰で逮捕された恋人にあおうとするが、未成年であるために単独での面会がかなわず、偶然しりあった研修医にたのんで奇妙な「三者面会」をおこなう少女、しごとも夫婦仲もうまくいかないさえない男が、あるきっかけで、自分にうりふたつの服役囚もなりかわるという「しごと」を遂行すべく面会室にむかう。3つの状況はあまりにもちがうのに、そこには、そう「愛」というおなじひとつのテーマがながれている、というのが、この作品の最大のネタバレということになる。
28歳のわかさで、監督フェネールが、なぜここまで複雑な状況の、しかも性も世代も国籍さえことなる人物のこころのひだに手のとどいたシナリオをかき、演出ができてしまったのか。彼女がかよっていた高校は刑務所に隣接しており、日々の通学時に、塀のこちらがわでさまざまな人たちをみてきたという。しかしそんなことはきっかけにすぎないはずで、これはやはり、フェネールのとぎすまされた感性のたまものというしかない。なにがそんなにすごいのか。「愛」についての映画だからである。
このようにいうと、ぼくなどは自分で鼻白んでしまう。そして「愛についての映画」なんて、ホラーとSF以外はほとんどそうじゃない、といわれてしまいかねない。いや、ホラーだってSFだって、しばしば数々の災難のあとで、抱擁する男女のシルエットでおわる作品は既視感枚挙にいとまがない。ちがう、ぼくは「愛」とかわからない、とつねづねおもってきたのだ。すぐにみんな「愛」「愛」というが、いったいみんなはなにをそれとわかってそうよんでいるのだ、適当にいっているだけではないのかとおもってきたほうである。だから自分でもこのことばはふだんほとんどつかえない。
loveamourは、きっと英語圏、フランス語圏で、日本語の「愛」とはちがう地位をもっているはずだ。そうでないとあれほど頻繁にくちにできるわけがない。英語にはそれでも動詞のloveについてはlikeとのすみわけがあって、ほんとに大事なときにloveは一応とってあることになっているが、amourは動詞ではaimerとなり(例の「ジュテーム je t’aime」の)フランス語にはlike に対応する動詞がないものだから、なんでもこれである。ぼくたちは、恋人を「愛」し、肉親を「愛」するのとおなじように、(すくなくとも言語上は)、牛肉を「愛」したり、大統領を「愛」したり、その他なんでも「愛」せる。そしてもちろん、そんなことより、loveamourには、宗教のバックアップもある。これについてはくわしくかく資格がないが、loveamour は、いってしまえば人間性の基本みたいにおもうのが普通なのだとおもう。
これにたいして「愛」はそうはいかない。「愛する」というのはそもそも日常語ではない。音読み漢字+スルという形式は、そもそもかたい表現である。「欲する」「浴する」「絶する」「反する」「供する」「益する」など、どちらかというと法律の条文とかでつかわれるようなことばと同じ語形成形式のこの「愛する」が、なぜここまで普及したのか。調査したわけではないが、おそらく歌謡曲とドラマのせいではないかとおもう。演歌ではなく歌謡曲。つまり、これも調査したわけではないが、「愛」は、きっと20世紀後半に、急激に日本語共同体の中に普及、あるいは蔓延した、といえるような調査をしてみたい。
映画のはなしからどんどんとおざかっているのかというと、そんなことはない。いま、loveamourと「愛」はちがうとかいたけれど、それでも、このことばは「よい」意味のことばなので、なにかをいい意味でとらえようとするときに、すぐにつかいたくなることばではあるはずだ。恋人との関係に、なにかいいなまえをつけたい。なまえをつけることで安心したい。「愛する」というかたいことばがもつ「おもおもしさ」は、そんなときにきっとloveamour以上に功を奏したのではないだろうか。歌謡曲でおもいつめたかおで「愛しています」とうたいあげる美男美女の歌手。ドラマのなかで、ここでこういうしかないだろう、というタイミングで「愛してるよ」といいやがる美しい俳優・女優たち。もちろん作詞家、脚本家的には、これは洋楽ポップスやハリウッド映画でくりかえされたloveの「翻訳」だったのかもしれない。ともかくも、「愛」はそれできっと大ヒットしたのだ。「『好き』ではなく『愛している』といって」ということで、きもちが「格あげ」される。そもそも感情の分化はなづけられなければそこまできっちり区別されるものではない(発達心理学未習)だから、「愛」となづけてもらえる、このすこしおもおもしい、そしてloveのかおりがちょっとするこのことばは、すくなくともとてもうれしいことばであるはずである。
しかし、「愛」において典型的に、そしてloveamourでもきっと同様におこったことは、その「濫用」だったのではないか。なまえをつけて安心することを、ぼくたちは毎日くりかえしている。なまえのないものをぼくたちは不安におもう。それでいつのまにか、きがるにそういってしまう。「ぼくはきみを愛している」
どういうことか説明しなさい、それは歌の歌詞できいたことがあるだけでしょう。それがどういうきもちなのか、きみはわかっているのか。ぼくはわからないよ。だからわかったふりはしない。だからつかわない。「愛してる」とか鼻白むわ。いやまあまあ、そんなめくじらをたてないで、いいじゃない、結構なことなんだからみんなが「愛」「愛」って口にすると、なんだかしあわせな雰囲気がただようじゃないですか。なるほど、それであれだね、「国を愛する心」とかいうのだね。「国を愛する」ってなに?そんなむずかしいことを、いったいだれができるのですか。ぼくは恋人をきっと愛している、それは、それでもなんとなくわかる。うーむ、たとえば、ぼくは彼女が車にひかれそうになったら、身を挺してもたすけようとするだろう、いや、それは恋人だからするのだろうか、そのへんのこどもでもしてしまうかもしれない、そうするとこれは「愛」じゃないのか、まあいい、それはわかるんだ。でも「国」ってなによ。土地のこと?ここにすむひとのこと?政治体制?土地っていってもね、全部しってるわけじゃないし、すくなくとも、土地を「身を挺してまもる」っていうのはよくわからない?あ、わかった、戦争にいくということだね、オクニのために。なるほどそういうこと。それだけじゃない、ここにすむひとにたいしてという意味でも「国を愛する」ということなの?あったことがないひとがおおすぎる、なんせ1億人以上もいるのだから。しりあいになったひとのことはたしかに大切にしたい、でもそれって何人いるだろう。全然かぞえられないけど、きっとせいぜい5000人ぐらいだろうか。全然たりないよね。それにぼくはそもそも外国にもしりあいや友人がいるんだ。そのひとをおいて、しらないひとを「愛する」なんでむずかしすぎる。政治体制についてはもうこれはお話にもならないけど、まあでも「日本国憲法の精神を愛する」とかはちょっといえるかも。ただ、そのときの「愛する」は体制=制度としての憲法ではなく、そこからあぶりだされる、ひとのこころのもちようのようなものだから、それもだいぶちがうな。恋人とは。
はなしをもどそう。「愛する」というのは、とりあえずなまみのひとにかぎるものとかんがえることにしよう。「恋人」「配偶者」「親」「こども」を、きっとぼくたちは「愛している」。でも、そのことばじゃなくてもいいかもしれない。そしてそのことばにまとめられるものでなくてもいいかもしれない。それにぼくの「愛する」とほかのひとの「愛する」がおなじかどうかをたしかめようもない。それなのに「母性愛」「親子の愛」と、既成事実のようにいわれるのはこまる。こまるのにみんないう。そこに、当然あるものとして「愛」がかたられる。
それでだいじょうぶなんですか?というのが、ようやくきちんともどってきたけれど、この映画『愛について、ある土曜日の面会室』のテーマである、フェネールはそこまでいわずに、ふつうにamourということばをつかっていたようにおもうけれど、監督のなかにあるものは、監督自身のインタビューのことばより、作品そのもののほうがそれを雄弁にかたるものであることはいうまでもない。だからぼくはインタビューのフェネールのことばをそのままのみこむ義務はないし、そもそもインタビューなんて、ねられたことばでいえるものでもなく、それに映画は商品でもあるから、そこでのことばは、そういう意味ももつのだとうことをさしひいてかんがえないと。タイトルもおなじ。いまさらいうまでもなく、タイトルというのは、映画のなかのもっとも「商品」的な部分だから、それで「愛について」などとかるがるしくくちばしってしまう。それがタイトルなのだ。
「愛」を、amourを、ぼくたちは、ここまでかいてきたようなしかたで、じつはすごく適当なしかたでつかってきたのではないかとおもう。安心するために、そこにはじめからあったもののようにおもえるように。でも、それは、「平時」、なにもおこらないときにしか安心の根拠にはならない。「愛」には「危機」がつきもの。「愛の危機」全文一致検索で、24,800,000件が0.14秒でヒットするぐらい、そうなのである。恋人のようすがおかしい。こどもがなきやまなくてうんざり。それでもぼくたちは「愛」を基本的に信じようとする。わたしには「母性愛」があるはずだ、「ぼくと彼女とは永遠の愛でむすばれているはずだ」云々。それでも「愛」はこわれる。もともとかたちなどないものだから。恋人たちはわかれ、こどもを虐待するおやがいる。恋人をころしてしまうことだって、三面記事としてはちっともめずらしいことではない。そして、この映画の3つの面会のなかのひとつは、まさに恋人につめたくされておもいあまってころしてしまった男に、ころされた男の母親があいにくるというエピソード。
この映画の中には、重要なやくわりを演じる何人かの「わきやく」が存在する。そのひとりは、いまかいたばかりの、恋人をころして服役中のおとこの実姉セリーヌ。マルセイユ市街の不動産業者で、みたところなんの不自由のない生活をおくっている。不自由のない生活。(でてこないけど)夫と、ふたりのまだちいさい、無邪気なこどもたちにかこまれた、つまり「愛」にみちた生活。おとうとはむかしから気のよわい、こころのやさしい子だった。もちろんおとうとのことも愛している。そのおとうとが、突然ひとをころした。
そのおとこにむすこをころされた母親ゾラは、犯人になんとかしてあいたい一心で、セリーヌのつとめるオフィスをつきとめ、みもとをかくしたまま、彼女と接触することに成功する。そして、偶然のはなしのながれで、彼女のこどもたちのベビーシッターとして、いえにでいりするようになる。そんなある日、セリーヌは、ゾラにうちあける。きちんとセリフをおぼえていないのだけれど、おとうとのことがあってから、「愛」というものがわからなくなった、自分が当然もっているはずの愛、たとえばあのこどもたちにたいする愛とか、そういうものがどういうものなのか、わからなくなりそう、というようなせりふ。
ぼくが冒頭からかこうとしていたことが、このシーンのこのせりふに集約されている。ぼくたちのまわりのいろいろなものには、ほんとうはなまえがない。なまえがないということは、そもそもそれが「なにか」としてとりだされているわけでもない。でも、なまえがあることで、ぼくたちはなんだかそれがはじめから当然のようにそこにあるものだとおもっていきている。でも、それは、ほんとうに存在することもあるけれど、なまえをつけて安心していただけで、あけてみると(なまえをとりさってみると、あるいはなまえがなまえにすぎないことに気づいてみると)、その存在が、ただなんとなく、人間の社会のなかであることにしてある約束のようなものにすぎないのではないかという不安に、簡単におそわれてしまう。なにもないのだ、「愛」などないのだ、といっているのではない。でも「愛」は、はじめからそこにあるものではなく、じつはひとりひとりが経験のなかで、「いきる」ことのなかでだいじにあたためて、そだててゆくようなものかもしれないということ。そのことをわすれると、世界は空洞ばかりの、かきわりの風景のようになってしまうことに、ぼくたちはどうしても気づくことができない。それが破綻するまでは、ということ。
破綻。きびしいことばだけれど、ぼくたちはちいさな破綻を日々経験している。しごとの失敗、人間関係のもつれ、さまざまなかたちでの大切な人の喪失。予想していなかった妊娠、嫉妬、にくしみ、絶望、いまかいたすべてのこと、そしてこうしてなまえをつけられないもっとさまざまなことが、この映画のなかにでてくる。そのひとつひとつに、フェネールはとてもていねいなことばをあたえ、映像としてかたちをあたえ、ぼくたちに、たしかに、きっと「愛」についてかんがえるようにしむけるのだ。そしてそのとき、ぼくたちがなれきっていた「愛」ということばのことばとしての希薄さを、ぼくたちはおもいしることになる。歌謡曲やドラマで鼻白みながらも、かるがるしくつかっていたことば「愛は地球を救う」「愛さえあれば」「愛のなんちゃら」「愛」「愛」「愛」。そのすべてが、どのひとつもそれではない、きみはなんでもないものにそのなまえをつけて安心しているけれど、いちどぎりぎりのおもいをしてみなさい、そうすれば、きみのなかで、そのことばは、いや、そのことばじゃなくてもいいんだ、きみがそんなに鼻白むなら、そんなことばでなくてもいい、その、それが、別の意味をもちはじめるかもしれない。「いきている」ことをつよく意識したことがある?自分が自分でうごいていきているのだということを、きちんとかんじたことがある?そこの、きみのとなりにいるひとに、きみはいまなにをおもっているの?すぐに「すきなひと」とかそういうこともいってほしくないな。簡単すぎるよそれは。いきてることって、ほんとはもっとややこしいことだって、きみはしっているでしょう。ややこしいことを、もっとそのややこしさのままひきうけないと、だからいったん、「愛」っていうの「愛してる」っていうのやめてみれば、たしかなものがあるかわからないけれど、あるとしたら、そういうところからこそみえてくるものかもしれない。
ところで、獄中の囚人と面会時にいれかわる、というのは、フェネールのインタビューによると、実際にこころみられることであるらしい。フランスの面会室は、日本の(しらないけど、それこそドラマとかでみる)とはちがって、アクリルであいてとしきられているのではなく、机をはさんでからだをふれあったりすることができるらしい。だから不可能なことではない。ステファンは、とにかく人生がうまくいっていない、いきていることのすみずみまでが破綻している。バイク便のしごとには集中できず、収入も不十分で、同居の母親から借金だらけ、しかもその母親とも妻とも不仲で、妻はよなよなであるいてはほかのおとこに売春まがいのことをしているようす。そんなときに、その妻が暴漢におそわれ、ピエールという町のやくざピエールにたすけられるのだが、そのピエールがステファンをみて、驚愕し、きみは、獄中にいる友人にうりふたつだ、かれは25年の懲役で服役しているがかれになりかわってほしい。そのための十分すぎる謝礼をだそう、きみが、脱獄した友人の安全が確保された時点で真実をうちあければいい。1年ぐらいの刑ですむだろう、という依頼をうけ、ちゅうちょのすえ、承諾する。こんなことを承諾できてしまうほど、ひとは困窮するのだろうか。ステファンは、なぜ承諾したのか。かねのため?妻のため?自分のため?このあたりのことは、正直にいってぼくにはまだ未解決。ただ、一種のスペクタクルとして、いちばん「みせる」のは、3つのエピソードのなかでもこれなので、このことについては、もうちょっとかんがえてみないといけない。なにをしてもうまくいかない、なんでもない、なんにもなりえない自分に「なまえ」をつけるために、「他人」となりかわることをうけるという逆説を、かれはうけいれたということか。かれをののしり、なじる妻を、ステファンはなんどもだきしめようとする。でも妻の態度はかわらない。これも「愛」となまえをつけて安心していたものの「空洞」ということなのか。それを、「なりかわり」によってかれは復元することができるのだろうか。おまえのような人間の1年がどれだけのものなんだ、というようなことばを、ピエールはあるときステファンにあびせる。がらんどうの「生」に、なかみをつくること、そしてそのためにすることが、他人になりかわること?それがそう?そこまで?
高校生のロールは、サッカーにうちこみ、母親にはそんなあぶないスポーツはやめなさいといわれながらも、クラブの友人たちとそれなりにたのしい日々をおくっている。そんなとき、通学のバスで、けんかでもしたばかりなのかひたいから血をしたたらせながら破天荒なふるまいをするアレクサンドルという若者に、なぜか気をひかれ、つきあうようになるが、ひょんなことからアレクサンドルは暴力事件をおこして刑務所に服役するようになる。「投獄された恋人」をもつ身となったロールは、彼と面会するために、たまたましりあったシニカルな研修医アントワーヌに同行をもとめてアレクサンドルとの面会を、アントワーヌ同席のもとに実現し、3人の、奇妙な関係が面会室で展開することになる。そのうち、ロールの妊娠が発覚し、それをつげにアントワーヌとともに面会にいくが、突然ロールは面会を拒否し、彼女を廊下にまたせたまま、アントワーヌひとりがアレクサンドルともっと奇妙な面会をする。このエピソードでは、先のセリーヌのケースとはちがって、そこには、なまえがついたものがなにもない、アントワーヌは終始超然とした態度をくずさず、アレクサンドルは、アントワーヌが同席しているのにもかまわずロールとの「愛」をたしかめようとしつづける。そして、結局ロールはアレクサンドルからはなれる。たしかなことは、ロールが妊娠したということ。「愛の結実」?とんでもない、では、そこにはなにもないのか、あるのか、なにがあるのかを、ぼくたちはとわれることになる。
むすこをころされたゾラは、犯人、つまりセリーヌのおとうとフランソワとの面会をはたす。ゾラはゆっくりと、自分のこどものなまえの由来をあかし、それによって自分の正体をあかす。フランソワは動揺しつつも、眼前の、自分がころした恋人の母親にむかって、自分がなぜ殺人をおかしたかをかたる。母親はきびしい視線でフランソワをみつめ、彼はその視線にたえることができずとりみだす(そしてこの動揺に乗じてステファンは獄中の男とのいちど失敗した「なりかわり」に成功する)。ここでは、ふたつの「愛」が破綻している。フランソワは恋人を、ゾラは息子をそれによってうしなう。両者のあいだには当然のことながらいかなる「連帯感」がうまれるわけもないが、それでもふたりは、ともにもっとも愛するものをなくしたという経験が共有されている。そこでは、いったい何が喪失されたのか。それが「愛」だとしたら、いったいそれはなにものなのか。
雑ぱくになってしまったが、この映画のものがたりをすこし忠実にたどってみた。
「愛」「愛している」ということばを、ぼくはますますかるがるしくつかえなくなった。そんなものがあるのか、というきもちもそのままだ。ちがうのは、それでも、フェネールをしてここまで「愛」をといかけさせるものがあるのだという、そのなにかについての確信である。不安をおそれずに、「愛」をいったんすててみよう。そして、それでもぼくたちはだれかとなんらかの関係をもてるのだということ、その関係がどういうものでありうるのかということについて、こたえをみつけようとするのではなく、といつづけてみよう。そういうふうにおもうこと。
ほかにもかきたいことはあるけれど(たとえば、「だれかひとりだけでもがんばれば、ほかのひとはついてくる」というこの原題、どうしましょうね。ラップの歌詞だとフェネールはいっていたけれど)、もうすでに(むだなこともかいてしまったので)ながすぎる。よんでくれて、ありがとう。
(画像出典:http://www.critikat.com/Qu-un-seul-tienne-et-les-autres.html