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2017年3月10日金曜日

『たかが世界の終わり』グザビエ・ドラン


賛否両論ある作品で、からくちの批評もおおかった作品ときいています。そういう予備知識も、プロットもしらず、ただ、すごいキャスティングに、なかば戦々恐々としたきもちで、ようやく映画館にむかいました。
グザビエ・ドラン、ぼくはかなりでおくれてみはじめたので、みたことがあるのは、『わたしはロランス』と『マミー』のみです。今回の作品は、カナダでの撮影ではあるものの、前作までの「地元」系キャストではなく、全員フランスのスター級のひとたち、そして、映画の舞台がどこか、12年ぶりに帰省する主人公がどこからかえってくるのか(「おおげさにいうな、そんなとおいところじゃないし」というセリフが何回かありますが)も、ぼくが注意散漫だったということでないかぎり、すくなくとも、はっきりとこころにのこるようにはしめされていません。
この映画をみて、たくさんのことをおもったのですが、いちばんつよく印象にのこったのは、前作、前々作以上に特徴のあるカメラワークでした。撮影監督は、ずっとドラン作品でカメラをまわしてきたアンドレ・テュルパン。前作の『マミー』でも、インスタグラムを彷彿とさせるような正方形の画面が印象的でした。
カメラワークといっても、なにか技術的なことをいいたいわけでもないし、演出より撮影がかっていた、ということでもなく、これほど、つまりぼくでも気づくような独特のカメラワークが、監督の演出をはなれてひとりあるきしてしまうのではなく、むしろ、演出との濃密な共犯関係のようなものをうみだしていること、その成功ぐあいに、だいぶちがいますが、ウォン・カーウァイの一連の作品とクリストファー・ドイルの関係のようなものを感じたりもしました(そしておそらく、おなじ理由で、このようなカメラワークはあざとい、という批評もあるのだとおもいます)。
家族の映画です。34歳の主人公、都会で、劇作家として成功しているルイが、12年ぶりに故郷の家族をおとずれる。母親、としのはなれた兄、妹、そして、かれにとっては初対面の兄の妻。映画の設定は、いまかいたようにひさしぶりに家族と再会する青年なのですが、そこから、はなしはほとんどまえにすすみません。会話がつづかず、つづいていても、説明がないというか、必要とおもわれていないというか、会話の内容からはなしの骨格がみえてくるような通常の映画の話法は、そうかなとおもうところでうらぎられ、にもかかわらず終始だれかがしゃべっているこの映画は、結局だれもだれともまともにしゃべっていない、しゃべろうとしても頓挫する、ことばが、つぎつぎとどんどんよこすべりしていって、意味とむすびつかない(これをもっとも象徴的に体現しているのが、マリオン・コティヤール演じる兄の妻、名演です)。
そのいっぽうで、さきにもかいたように、この映画では、クローズアップが多様されます。被写界深度をさげて、カメラからちがう距離に位置する人物へのフォーカスが、セリフにあわせて移動する、といった手法も多用され、これは、たしかにいやなひとにはいやなのかもしれないけれど、ぼくはそれをみながら、「クローズアップ」とはなんぞや、という思考に、映画をみながらもっていかれそうになりました。
「感情の強調」「内心にせまる」などということばが一般的な効果としていわれそうなことですが、クローズアップした対象をみる視点とは、いったいだれの視点か、ということが、急に疑問としてふくらんでしまいました。ぼくたちは、実生活では、親密な肉親や恋人などをのぞけば、「クローズアップ」に匹敵する距離まであいてにちかづくことはない。おおくのばあい、最低でもおおよそ1メートルとか、そのぐらいの距離が、自分の目とあいてのかおのあいだにはあるはずで、クローズアップしたかおだけではなく、そのぐらいの距離でとらえられるあいてのたたずまい(上半身ぐらいでしょうか)全体で、あいての感情やおもいをとらえることになれているはずです。かおにちかづけば、内心にせまれるのか、これはだからかならずしもそうでもないようにおもうのです。
かといって、さきにかいたように、この映画のなかでは、ことばは、映画がえがくつもりであるかのような(もしかしたしたらふりをしている)家族の関係に、きちんとしたこたえをあたえてくれませんから、ぼくたちは、カメラにみちびかれるままに、フォーカスがあった登場人物たちの表情に目をこらします。かれらは概して表情ゆたかなのですが、そこでぼくたちは、人物たちの眼前から眼前へととびかう、すがたのみえない妖精のようなたちばにおかれます。ほら、いまこのひとはこんな顔をしているよ、とその妖精=カメラはおしえてくれるのだけれど(これを「神の視点」というのでしょうか)、ぼくたちにはたいしたものがみえてこない。クローズアップは、むしろ、それがなにかわからないということを強調しているかのようにみえるのです。
そうやってみているうちに、なんだかぼくたちは、とても親密な、それゆえに事情がよくわからない、この家族の、修復しがたい断絶の現場にまよいこんでしまった、当事者でも非当事者でもないような、いごこちのわるいような、それでいて特権的であるかのようなきもちで映画にひきこまれていきます。そして、なんだかんだいって予定調和をのぞむぼくたちは、その方向へのいとぐちをなかば本能的にさがそうとするのですが、妖精のごとき浮遊もむなしく、ぼくたちのこころみは、主人公ルイの、帰省して家族にある告白(自分はもうすぐ死ぬ)をするのだという所期の目的と同様に、頓挫してしまいます。そしてそこにほうりだされたまま、この映画はおわってしまう。
この映画には、ほとんどこの5人の家族しかでてこず、クローズアップだらけの、やたら「ちかい」映画ですが、配役に、スター級の俳優をそろえたのは、ただ映画の豪華なものにするためだけでないことに、みながら納得しました。ナタリ・バイ、バンサン・カッセル、レア・セドゥ、マリオン・コティヤール、そして主役のガスパル・ユリエル、全員の演技が、これ以上のものはないのではないかというほどすばらしいものでした。これほど脈絡がよくわからない、なぜここでこのひとがなきだすのか、気づまりになるのか、なんでこいつはこんなイケズばっかりいうのか、といったことの説明もないのに、ぼくたちはなぜだかいちいちかれらのクローズアップの表情に、動揺させられる。なにかがみえてくるわけではなく、なにかよくわからないことが強調されているだけなのに、そのわからないなにかにこころをうごかされてしまう演出と演技。これは、このレベルの役者陣でなければ不可能だったのではないかとおもいます。
家族とは、血縁的に圧倒的他人である異性のペアの、そのそれぞれに一親等でつながっているこどもという、ぼくにいわせれば極端に異質な関係をもつメンバーによって構成されている、にもかかわらず、「家族はなかよく」というモラルが、すくなくともぼくがしっている社会では絶対視され、家族の断絶は、即「不幸」にむすびつく。家族があいしあうのはもちろんいいことだとぼくもおもうけれど、それがあたりまえのようにできることではないということからも、だからといって目をそらすこともないようにおもいます。この映画の家族は、ほんとに、なにがあったのかわかりませんが、もうとりかえしのつかないぐらいこわれていて、主人公の帰郷が契機となって、なにか修復のてがかりをつかめないかと期待しつつも、それをだれも、本当の意味ではすなおに表現できず、しかし、それでも家族であること、12年ぶりにかえってきて、その日のうちにまたかえる、ということがあってもそうなのだということをつきつけているようにもおもいました。
ただ、「積年の」といわれるようなひととひととのいざこざには、他人に説明したところで、なんでそれがそこまでのなかたがいの原因なのかわからないということもたくさんあるとおもいます。だからこそ、この映画(もしくは原作があるので原作)は、そこをつまびらかにすることに関心をよせるよりも、本質的には簡単にうまくゆくわけがない家族のありさま、のようなものを、かよいあわない、にもかかわらずやつぎばやのことばと、執拗なクローズアップの反復によって、ぼくたちをそのただなかに強引にひきずりこみ、とりこむことによって、おもいしらせようとしたのではないか、むりやりまとめると、そんなことをおもいました。
親子も、夫婦も、家族も、結局は自然にできるものではなく、努力と忍耐と、そして「愛」とよばれるおもいやりによって「つくられる」ものだとおもいます。だから、それが全部成功するわけではないのです。それは絶望的なことでしょうか。だとしたら世界の半分ぐらいはきっと絶望におおわれていることになるのではないかな。そのことそのものに絶望するのではなく、「のりこえよう」とはないきをあらくするのでもなく、かといって達観するのでもなく、どうしようもなくそこにある「家族」と、ぼくたちはどうするのか、そんなことがこの映画がといかけることだ、といいたいわけでは全然ないのですが、なんだかいろいろかんがえているうちに、そういうきもちになりました。
そんなわけで、ぼくはすきですよ、この映画。やっとほんとうにドランに興味をもてるようになったかもしれません。まわりには大ファンのともだちがおおいので内緒ですが。

2013年8月15日木曜日

映画『ひろしま〜石内都・遺されたものたち』


遺品とはなにか、故人がのこしたものである。故人がのこしたものとはなにか、生前、故人に属していたものたちのことである。故人に属していたものたちとは、故人がきていた衣服その他の服飾品、故人がつかっていたメガネなどの道具類、故人が愛玩していた人形、その他。
なにか、そのひと用に、大なり小なり「カスタマイズ」されたものが「遺品」となるのではないか。その「カスタマイズ」はたとえば「あつらえた」ものがもっともわかりやすいけれど、そのひとが使用したり、みにつけたりするうちに、そのひとの、なんらかのそのひとらしさのようなものをまとったもの、それをしみこませたようなもの、そしてそれがそのものの「表情」としてあらわれるようなものを、ひとは「遺品」とおもうのだろう。パソコンよりは万年筆とか、炊飯器よりはおなべとか。
衣服は、その意味で、「遺品」のなかでももっとも「遺品的」なもので、この映画でも、石内都が撮影したものとして紹介される被爆者の遺品のおおくは、衣服だった。
「ヒロシマ」という現実は、「たくさんのひとびとのいのちをうばいました、そしてうばいつづけています」というものいいでは「マス」の現実ととらえられる。そして、おおくの大惨事は、当事者以外にはどうしてもそのようにとらえられがちである。東日本大震災を、福島を、それから2年半たったいま、ぼくたち非当事者のおおくは、やはりそのようにしかとらえることができない。ましてヒロシマからは、もう68年もたってしまったのだ。
石内が、この一連の作品でなにを意図していたかということにかかわらず、遺品を撮影することで、マスの現実をひとりひとりの、モノクロ写真ではなく、天然のいろをもった、しかもそれ以来ずっと継続する(いちども断絶していない)時間の延長上の現実(遺品もそこにいまあるものであるという意味で)が、そこにあるし、ぼくたちは、それをきちんととらえ、それになにかをかんじることができるのだというのが、この映画をみて、ぼくもふくめたおおくのひとがかんじることではないだろうか。映画の公式サイトにも監督(リンダ・ホーグランド)のコメントとしてあるように、だからといってこの映画は「啓蒙」のための映画ではない。ぼくがおもうに、あえて単純ないいかたをすれば、この映画は、「マス」を「個」にひきもどすための映画ではないだろうか。そしてそのために、石内都の、毎年広島にいっては遺品(いまも毎年原爆資料館に寄贈される遺品はふえつづけているということ)の写真をとりつづけるという活動をドキュメンタリーのかたちでつたえることが、そのとても有効な方法のひとつだったということ。
石内の展示作品では、ポスターやフライヤの写真にもなっている、くろいジョーゼットのワンピース、うつくしいはながらのワンピース、みずたまのブラウスなど、「戦時中」しかも終戦直前の「大変な時期」とはおもえないようなうつくしい衣服(もちろんその多くは被爆による損傷のあとをいろこくのこしている)の写真がめにつく。これらについて、作品中、収蔵された遺品を石内に提供するしごとにたずさわった学芸員のコメントでは、戦時中である以上、「華美」な服装はつつしまれ、おおくの女性はもんぺすがたで「臨戦状態」である社会にいきていた。しかし、そんな女性たちのなかには、その戦時生活の服装のしたに、ひっそりとそういう自分のよそおいをみにつけていたというのだ。
石内がかずかずの遺品のなかから選択して撮影したものが、もしびりびりにさけたもんぺや防空ずきんばかりだったとしたら、おそらくそれらの写真をみるぼくたちの意識は「マス」の現実からしたにおりてくることはないのかもしれない。戦争とは、まさに「個」が「マス」のなかにかきけされるものなのだ(そして国民服ももんぺも、まさにそれをひとびとにおもいこませるためのキャンペーンだった)という事実から、ぼくたちは一歩もふみだすことなくとどまって、「たくさんのひとびと」の惨禍にかたをおとすことしかしないのかもしれない。
もんぺのしたにうつくしいよそおいをかくしていた広島の女性たちは、その「よそおい」のメッセージを、いったいだれにむかって、なににむかって発していたのだろう。これは、たとえば、よくしられるように、淡谷のり子が慰問演奏でもんぺを拒否してステージ衣装をまとったという事実とは性質の異なることである。戦時体制へのひそかな抵抗とおもうひともいたかもしれないが、それ以上に、かんがえればあまりにもあたりまえのことなのだが、そういう時期であっても、「個」としての人間は、どこにもかききえていないのだということを、「表現」したのではなく、そういうあたりまえのことを、ただいきていたのだということ。だから、これはメッセージではない、そういう時間がきちんとながれていたのだということを、ぼくたちがおもいだし、おもいしらなければいけないのだということ。それだけ。
遺品は、そのひと用に「カスタマイズ」されたものであると最初にかいた。「カスタマイズ」とは、ひとが他人ではなくほかでもない自分であるということを認識するためのいとなみである。衣服は、したがって「自己表現」のようになにかおおげさなものなのではなく、「ほかでもない自分」を意識するもっとも端的な手段ということだ。そしてそれはしばしばとてもうつくしいいとなみである。石内は「うつくしいとおもうものを普通にとっているだけなんです」と、うそぶきともおもいかねないことをいっている。当然だが、被爆がうつくしいといっているのではない。「ヒロシマ」という惨禍のなかでも、ひとは「ひとびと」ではなく、「ひとりひとり」としてうつくしくあったのであるということをファインダーごしに遺品とかたらいながら、そのありさまをフィルムにやきつけたということ(この映画にみるかぎり、石内はフィルムカメラを使用していた)。
この映画は、石内のこれらの作品の展覧会がはじめて北米でもよおされたときのようすを中心にとられたものである。北米といっても合衆国ではなく、カナダの先住民に関する人類学博物館で開催された企画展だった。そこで、その展覧会にかかわったカナダの歴史学者が、石内にかたりかける。「カナダは核をもたない平和主義のくにといわれていますが、それはうそです。戦時中カナダはアメリカの要請でマンハッタン計画に参加し、国内でウランの採掘をおこなってアメリカに提供しました。そして、この博物館にその伝統文化が展示されている先住民のひとたちが採掘工事にかりだされました。広島・長崎の原爆投下後、先住民のひとたちはその事実をしり、自分たちの採掘したウランによってたくさんのひとのいのちがうばわれたことをしり、その事実をみとめて謝罪したのです。アメリカも、カナダもあやまっていないけれど、このひとたちはあやまった」こんなようなこと。
ぼくたちはおおむかし、ちいさな共同体でいきていたころから、社会や文明を発展させ、グローバル化とまでいわれる世界のネットワークを構築してきた、構築してしまった。でも、ぼくたちにはそのおおきな規模の共同体をきりもりし、そうやってつながりあった世界のあちらとこちらで、ひとがなにをおもい、なにをし、あるいは自分がしていることがなにを世界にもたらすかなどをきちんと想像できるようなちからをもちあわせていないし、このさきももちあわせることができるのかはわからない。それなのに、ぼくたちは世界をひろげることをやめないし、ひろげなくてはどうしようもない世界にしてしまった。「個」の存在にどのぐらいおもいをはせることができるか、それができなければ、ぼくたちはほんとうはなにをする資格もないのだ。それなのにである。
この映画は、「戦争はいけない」をうったえる啓蒙映画ではたしかにない。石内の作品はすべてうつくしく、「わたしはみずたまがすきだからこの写真がいちばんすき」と無邪気にわらうわかい鑑賞者の視点をもかくそうとしていない。しかし、そのいっぽうで、この映画は、そこ(ヒロシマ)にいたひとたちのひとりひとりが、当然のことながらそれぞれ「個」の存在であったことをいやがおうでもぼくたちに認識しなおさせるものである。そして、そのひとたちひとりひとりの遺品は、「犠牲」というものがいかなる意味でもあってはならないものだということをかたるものでもある。被爆者も、被災者も、すべての「犠牲者」は、そういうめにあってしまった例外的なひとたちの集団(事後的にそうなっただけなのに、なぜかぼくたちはそれをそうとらえることができない)ではなく、おなじひとりびとりであり、そうである以上、つまり、あなたがなにかの犠牲になるすじあいがないのとまったくおなじ意味で、だれもそうならなければいけないひとなどいないのだという、小学生でもわかるあたりまえのこと。「個人」という概念がわからなくてもわかること。
大震災と福島というまだまだ直近としかいいようのないもっとちかくの惨禍でさえも、ぼくたちはそこにいるひとりひとりを、わすれているつもりはないけれど、うまく想像できなくなる。そのぐらいぼくたちはいそがしい。いそがしくさせらている。芸術は、そういうぼくたちを、たいせつなもののちかくにそっとひきもどしてくれるちからをもつことがある。そして芸術がしてくれることはそこまででもある。そこから、について、かんがえてみようとおもう。

(写真はこちらからいただきました:http://www.thethirdgalleryaya.com/exhibitions/2010/10/six.php) 

2013年1月30日水曜日

『ドキュメンタリー映画 百万回生きたねこ』

  
 絵本はこどもにしたしまれることを目的としておとなによってつくられる。おとなは、かつてこどもだったけれど、こどものころの自分の感覚や感性についてきちんとおぼえているわけではない。おぼえていても、ほんとうにそのときの自分の感覚で世界をみなおすことができるわけではない。だから、絵本のなかには、きっとこどもはこういうはなしをすればよろこぶだろう、というおとなの誤解にもとづいたものもきっとあるはずだし、そうでなくても、はたしておとなが「これはすばらしい」とおもう絵本を、こどもがおなじようにうけとめているのかどうかはわからない。
ネコとのかかわりもおなじだ。ネコは、イヌより無表情だが、なんとなく、「いろいろかんがえてそう」なところは、イヌよりもつよい、というのが一般的な印象ではないだろうか。しかし、だからといって、ネコの「思考」があきらかになっているわけでもなく、なんとなくつうじてそう、わかってそう、というところでぼくたちはネコとかかわり、かかわっているような気分になっている。しかし、本当のところはまったくわからない。
でも、もっと本当のところをいえば、おとなとこども、人間とネコ、というだけでなく、おなじ日本語なら日本語をつかうおとなの人間どうしでも、ほんとうのところ、なにかがきちんとつたわっているかどうかということは、たしかめるすべがない。このことについては、だいぶまえのブログでかいた(http://noribottisme.blogspot.jp/2011/10/blog-post_31.html)。
ぼくたちは、社会にいきている以上、いつもだれかとかかわっているが、いつもほんとうのところ、自分のことがわかっているかどうかということをたしかめることができない。ぼくたちはいつも孤独である。孤独であるけれど、だからといってひととかかわりながらいきることをやめられない。やめたくなることはあるかもしれないけれど、それでも、たとえばひきこもったりしていても、ことばによって思考することそのものが、自分のおもいを客体化することである以上、「かかわり」に、すくなくともゆるやかにつながるものでありつづける。ぼく自身、休暇中など何日もひととしゃべらないことがあるけれど、それでもぼくのこころが、始終はなしつづけているのがきこえてくる。
すこしはなしがそれてしまったが、いま、きょうみた映画『ドキュメンタリー映画 百万回生きたねこ』をみて、おもったことをかこうとしている。この映画の概要、予告編などについてはこちら。
ぼくは、予告編だけをみて、内容をよくたしかめずにみにいったのだけれど、これは、末期癌におかされた佐野洋子の闘病生活をおうドキュメンタリー映画ではない。実際に彼女は映画の中でなくなるが、彼女自身が、そんな映画はごめんだと映画のなかではなしている。むしろこの作品は、『百万回生きたねこ』という絵本そのもののドキュメンタリー映画というのがふさわしく、現にタイトルがそうなっているではないか、とみたあとに気づかされた。とはいえ、この映画をみるにあたり、この絵本をあらかじめよんでおく必要はない。ぼくもそれをまよいながら、結局よまずに映画館にむかったが、映画のなかで、ぼくたちはその全ページをいちまいいちまいめくることができる。
この映画には、佐野洋子が出演するが、彼女自身のすがたがうつされることはなく、こえだけがきこえてくる。そして登場人物は、ぼくのしるかぎり、渡辺真起子という女優をのぞいて、すべていわゆる一般のひとではないかとおもう。何人かの母親、そのなかには、画面から判断するかぎり、しあわせな家庭生活をおくり、家族の大切さをかんじている者もいれば、体外受精までしてさずかったこどものこそだてがうまくいかず、自分の母親に批判されることにくるしむ者いる。わかいころに子宮筋腫でおそらく子宮を摘出し、おやに「かたわ」よばわりされた50歳の女性、高齢の母親を介護しながら、奇抜にきかざることへの執着からはなれられない61 歳の女性、うつにくるしみ、自傷をくりかえすピアニスト、おさななじみのころから長年つれそったおっとをなくし、山村で茶をつみながらいきる79歳の女性など、さまざま。ただ、全員が女性だった。そして、映画のなかでは、これらの女性たちを映画製作者がどのようにみつけてきたのかといった説明はない。すこしウェブなどでもみてみたが、よくわからない。それだけではなく、たとえばこれらの女性たちが、たとえばこの絵本のおかげで苦境をのりきりましたとか、この絵本はすばらしいというようなことをこわだかにさけぶというわけでもない。もちろんすくなからぬ女性については、作品内で彼女たちが自分のこどもとかかわったり、こどもにこの絵本をよみきかせる場面をみることができるが、「ねこが何回もしぬのがこわくて、こどものころはこの絵本がきらいだった」という母親もいる。そして、いったいこのひとは、『百万回生きたねこ』とどうかかわりがあるのかよくわからないまま、というひともいる。
映画のなかできこえてくる佐野洋子のことばのなかに、こんなものがある。記憶にたよってなので、正確ではないかもしれないが、こんなこと。ひとは、いきている以上、自分を愛し、自分のいきる世界がよいものであればいいとねがい、そのようにするものであるはず。やっぱり記憶に自信がないので、だいぶぼくの解釈がはいってしまっているかもしれないが、こんなようなこと。これは、よい生をいきよ、という訓辞のようなものではなく、ただいきていることがそういうことなのであるという意味あいでとらえるべきものであると理解している。
『百万回生きたねこ』では、さまざまな運命のもとで百万回いきて、百万回しに、百万回いきかえったネコが、ある日、「しろいねこ」にめぐりあって恋におち、たくさんのこどもをうむが、こどもがおおきくなって、みなどこかへいなくなってしまったある日、しろいねこはしずかにいきをひきとる。ねこは何日もなきつづけ、そして、しろいねこのかたわらで、自身もいきをひきとり、にどといきかえることはかった、というところではなしがおわっている。ねこが生死をくりかえした百万回の生では、ねこはつねに、王様や漁師、サーカスの団長、どろぼう、老婦人、おんなのことなどの人間に飼われる存在であり、自分の生をみずからひきうけることがなく、その生をねこ自身もことごとく「だいきらい」でありつづける。だからふとしたことでねこはしに、かいぬしたちは例外なくその死をおおいにかなしむが、ねこはちっともかなしむことはない。漫然とした生は、いきられていない、だから自分の生をひとはあいすることはなく、生に執着することもできない。ぼくたちのこころは、ひきうけるべき生をみいだすまでは、そうやってかりそめの「生死」をつづける。だが、これが自分の生であるというものをみいだしたときに、つまり、生がはじめて充実したときに、ひとつのかぎりあるものとしての生がぼくたちのまえにたちあらわれ、あるときぼくたちはそのおわりをしずかにむかえる。そのあいだぼくたちはなにをしなければならないとか、こうしなければいけないということはない、けれど、ただいきているだけで、ただそうすることが、生の充実であり、いくつもの生がささえる世界の充実であるはずである。そんなことをこの絵本はかたっているのだろうか。
このようにかいたことがもしそれほどまちがっていないとしたら、この映画のなかで、脈絡についての説明なく登場するさまざまな女性についても、すこし理解することができるような気がしてくる。これらの女性たちは、それぞれさまざまな境遇をいきているが、彼女たちは例外なく、みずからの生を、それぞれのやりかたでひきうけ、かりそめではない生をいきようとしている。「かりそめではない生」は、しかしながら「ほんとうの人生」というものでもない。これが唯一いきるべき人生、とるべきみちとしてえらばれたものではないかもしれないけれど、自分は、自分なりのしかたで世界とかかわっている、それが、自傷行為のくりかえしをふくみこむものであったり、すなおに愛せないこどもにむかうきもちをかかえながらのもであったとしても、「こういきよ」というどこかのこえにしたがうのではない生が、そこではいきられる。それが、これらさまざまな女性たちと、この絵本との、直接・間接のつながりなのではないかとおもった。
「ねこは孤独な目をしている」と佐野はいう。あいすべき家族にかこまれているひとも、自傷行為をくりかえすひとも、長年つれそったおっとをなくしても故郷の山で茶をつみつづけるひとも、ひとは、世界とかかわりつつ、孤独でありつづける。この映画では、たとえば佐野洋子の生涯についてもまんべんなく説明されているわけではない。心臓が右にあり、12歳で他界した、つかれたように絵をかきつづけたあにの存在は、それでもこころをうつものであったが、孤独でありながら、世界とのかかわりをやめることのない生、これを肯定すること、これをつたえるために、この映画はとられたのだろうか、そんなことをおもった。インタビューをうけるすべての人物たちが女性であったのは、絵本→こども→母親といった短絡的な連想関係によるのではなく、彼女たちそれぞれのものがたりが、実は佐野の生そのものとかさねあわされたことによるものではないかと推察している。だからこそ、この映画では佐野自身のことが詳細にかたられることはなかったし、その必要もなかったのだ。
監督・撮影の小谷忠典というひとの作品をみたのは、これがはじめてだった。佐野に「あんたはなんでうちにくるのだったっけ?」となかばからかわれながら、まさに死にいたる日々にカメラをむけつづけ、目をうばうほどのうつくしい映像をつむぎあげた彼の才能に感服する。たくさんの、おそらくのらねこたちのショット、軽井沢の佐野宅の縁側から庭にふるゆきの風景、きりにけむる山のショット、佐野の出生地である北京でのさまざまな映像、そして登場する女性たち、こどもたちにむけられたやさしいカメラのまなざしは、「ドキュメンタリー」の語が想像させるなまなましさからはとおく、おそらくは小谷の映像感覚によって、とてもやさしいものとなっていた。

2013年1月3日木曜日

映画『愛について、ある土曜日の面会室』

 

ひさびさに映画館でみたフランス映画の封切り作品。監督は新進気鋭、制作時28歳のレア・フェネールの劇場第一作。
最近の洋画は、英語のものはタイトルが翻訳されず、そのままカナ表記という場合が多く、『未知との遭遇』のような「名訳」にお目にかかることもなくなったが、フランス映画については、そうはいかないので、こうして「邦題」がもうけられることが多い(英語圏で上映された作品なら、その英語タイトルがカナでもってこられることもある)。『勝手にしやがれ』『大人は判ってくれない』『突然炎のごとく』など、ヌーベル・バーグ期などはとくに、原題には無関係なのに、いいかんじの邦題もかつては多かったが、このところ、自分がフランス語がわかるようになったせいもあるのだろうが、この「邦題」にげっそりさせられることも多い。この作品の原題はQu’un seul tienne et les autres suivrontというながいもので、試訳すれば「だれかひとりだけでもがんばれば、ほかのひとはついてくるよ」というもので、まさかこれをそのまま邦題にしろとは言わないまでも、とはおもう。「愛について、ある土曜日の面会室」は、この映画の場面設定と、底にながれるテーマを一緒にした、ある意味で(みたひとには)わかりやすいものだが、そのままいってしまうなよ、とくに「愛について」としてしまってはみもふたも、という感想をそれでももってしまう。「底にながれるテーマ」と明言できるのは、ユーチューブでみつけたインタビューで、フェネール自身がはっきりそういっていたからである。この作品のシナリオはすばらしいし、その発言も本人がいう以上そのとおりというしかないが、これをタイトルにいれてしまうというのはまた別の問題である。これが、もうすこし評価のさだまった中堅以上の監督の作品なら『面会室』で十分だった気がするし、そのほうが映画のタイトルらしい。もしかすると『面会室』とう邦題の映画がすでに存在するのか、とおもって「映画 面会室」で検索したら、ほぼ全部、この作品『愛について』についてのページで、インターネットおそるべしとおもった。この検索については、実はもっとおもしろいことも発見したのだが、これ以上タイトルのことではなしをひっぱるわけにはいかないので割愛する。
映画のストーリーその他については(あとでわりときちんとかくけれど)、以下の公式サイトをどうかご一覧いただきたい。
http://www.bitters.co.jp/ainituite/
そんなにたくさんの映画をみたわけではないが、とても独創的なストーリー。3つの、おたがいに無関係なひとたちが、それぞれ、それぞれの理由である土曜日のおなじ日に,刑務所の面会室でとなりあわせる。息子を殺された理由をしるために、犯人に面会しようとするアルジェリアの中年女性、暴力沙汰で逮捕された恋人にあおうとするが、未成年であるために単独での面会がかなわず、偶然しりあった研修医にたのんで奇妙な「三者面会」をおこなう少女、しごとも夫婦仲もうまくいかないさえない男が、あるきっかけで、自分にうりふたつの服役囚もなりかわるという「しごと」を遂行すべく面会室にむかう。3つの状況はあまりにもちがうのに、そこには、そう「愛」というおなじひとつのテーマがながれている、というのが、この作品の最大のネタバレということになる。
28歳のわかさで、監督フェネールが、なぜここまで複雑な状況の、しかも性も世代も国籍さえことなる人物のこころのひだに手のとどいたシナリオをかき、演出ができてしまったのか。彼女がかよっていた高校は刑務所に隣接しており、日々の通学時に、塀のこちらがわでさまざまな人たちをみてきたという。しかしそんなことはきっかけにすぎないはずで、これはやはり、フェネールのとぎすまされた感性のたまものというしかない。なにがそんなにすごいのか。「愛」についての映画だからである。
このようにいうと、ぼくなどは自分で鼻白んでしまう。そして「愛についての映画」なんて、ホラーとSF以外はほとんどそうじゃない、といわれてしまいかねない。いや、ホラーだってSFだって、しばしば数々の災難のあとで、抱擁する男女のシルエットでおわる作品は既視感枚挙にいとまがない。ちがう、ぼくは「愛」とかわからない、とつねづねおもってきたのだ。すぐにみんな「愛」「愛」というが、いったいみんなはなにをそれとわかってそうよんでいるのだ、適当にいっているだけではないのかとおもってきたほうである。だから自分でもこのことばはふだんほとんどつかえない。
loveamourは、きっと英語圏、フランス語圏で、日本語の「愛」とはちがう地位をもっているはずだ。そうでないとあれほど頻繁にくちにできるわけがない。英語にはそれでも動詞のloveについてはlikeとのすみわけがあって、ほんとに大事なときにloveは一応とってあることになっているが、amourは動詞ではaimerとなり(例の「ジュテーム je t’aime」の)フランス語にはlike に対応する動詞がないものだから、なんでもこれである。ぼくたちは、恋人を「愛」し、肉親を「愛」するのとおなじように、(すくなくとも言語上は)、牛肉を「愛」したり、大統領を「愛」したり、その他なんでも「愛」せる。そしてもちろん、そんなことより、loveamourには、宗教のバックアップもある。これについてはくわしくかく資格がないが、loveamour は、いってしまえば人間性の基本みたいにおもうのが普通なのだとおもう。
これにたいして「愛」はそうはいかない。「愛する」というのはそもそも日常語ではない。音読み漢字+スルという形式は、そもそもかたい表現である。「欲する」「浴する」「絶する」「反する」「供する」「益する」など、どちらかというと法律の条文とかでつかわれるようなことばと同じ語形成形式のこの「愛する」が、なぜここまで普及したのか。調査したわけではないが、おそらく歌謡曲とドラマのせいではないかとおもう。演歌ではなく歌謡曲。つまり、これも調査したわけではないが、「愛」は、きっと20世紀後半に、急激に日本語共同体の中に普及、あるいは蔓延した、といえるような調査をしてみたい。
映画のはなしからどんどんとおざかっているのかというと、そんなことはない。いま、loveamourと「愛」はちがうとかいたけれど、それでも、このことばは「よい」意味のことばなので、なにかをいい意味でとらえようとするときに、すぐにつかいたくなることばではあるはずだ。恋人との関係に、なにかいいなまえをつけたい。なまえをつけることで安心したい。「愛する」というかたいことばがもつ「おもおもしさ」は、そんなときにきっとloveamour以上に功を奏したのではないだろうか。歌謡曲でおもいつめたかおで「愛しています」とうたいあげる美男美女の歌手。ドラマのなかで、ここでこういうしかないだろう、というタイミングで「愛してるよ」といいやがる美しい俳優・女優たち。もちろん作詞家、脚本家的には、これは洋楽ポップスやハリウッド映画でくりかえされたloveの「翻訳」だったのかもしれない。ともかくも、「愛」はそれできっと大ヒットしたのだ。「『好き』ではなく『愛している』といって」ということで、きもちが「格あげ」される。そもそも感情の分化はなづけられなければそこまできっちり区別されるものではない(発達心理学未習)だから、「愛」となづけてもらえる、このすこしおもおもしい、そしてloveのかおりがちょっとするこのことばは、すくなくともとてもうれしいことばであるはずである。
しかし、「愛」において典型的に、そしてloveamourでもきっと同様におこったことは、その「濫用」だったのではないか。なまえをつけて安心することを、ぼくたちは毎日くりかえしている。なまえのないものをぼくたちは不安におもう。それでいつのまにか、きがるにそういってしまう。「ぼくはきみを愛している」
どういうことか説明しなさい、それは歌の歌詞できいたことがあるだけでしょう。それがどういうきもちなのか、きみはわかっているのか。ぼくはわからないよ。だからわかったふりはしない。だからつかわない。「愛してる」とか鼻白むわ。いやまあまあ、そんなめくじらをたてないで、いいじゃない、結構なことなんだからみんなが「愛」「愛」って口にすると、なんだかしあわせな雰囲気がただようじゃないですか。なるほど、それであれだね、「国を愛する心」とかいうのだね。「国を愛する」ってなに?そんなむずかしいことを、いったいだれができるのですか。ぼくは恋人をきっと愛している、それは、それでもなんとなくわかる。うーむ、たとえば、ぼくは彼女が車にひかれそうになったら、身を挺してもたすけようとするだろう、いや、それは恋人だからするのだろうか、そのへんのこどもでもしてしまうかもしれない、そうするとこれは「愛」じゃないのか、まあいい、それはわかるんだ。でも「国」ってなによ。土地のこと?ここにすむひとのこと?政治体制?土地っていってもね、全部しってるわけじゃないし、すくなくとも、土地を「身を挺してまもる」っていうのはよくわからない?あ、わかった、戦争にいくということだね、オクニのために。なるほどそういうこと。それだけじゃない、ここにすむひとにたいしてという意味でも「国を愛する」ということなの?あったことがないひとがおおすぎる、なんせ1億人以上もいるのだから。しりあいになったひとのことはたしかに大切にしたい、でもそれって何人いるだろう。全然かぞえられないけど、きっとせいぜい5000人ぐらいだろうか。全然たりないよね。それにぼくはそもそも外国にもしりあいや友人がいるんだ。そのひとをおいて、しらないひとを「愛する」なんでむずかしすぎる。政治体制についてはもうこれはお話にもならないけど、まあでも「日本国憲法の精神を愛する」とかはちょっといえるかも。ただ、そのときの「愛する」は体制=制度としての憲法ではなく、そこからあぶりだされる、ひとのこころのもちようのようなものだから、それもだいぶちがうな。恋人とは。
はなしをもどそう。「愛する」というのは、とりあえずなまみのひとにかぎるものとかんがえることにしよう。「恋人」「配偶者」「親」「こども」を、きっとぼくたちは「愛している」。でも、そのことばじゃなくてもいいかもしれない。そしてそのことばにまとめられるものでなくてもいいかもしれない。それにぼくの「愛する」とほかのひとの「愛する」がおなじかどうかをたしかめようもない。それなのに「母性愛」「親子の愛」と、既成事実のようにいわれるのはこまる。こまるのにみんないう。そこに、当然あるものとして「愛」がかたられる。
それでだいじょうぶなんですか?というのが、ようやくきちんともどってきたけれど、この映画『愛について、ある土曜日の面会室』のテーマである、フェネールはそこまでいわずに、ふつうにamourということばをつかっていたようにおもうけれど、監督のなかにあるものは、監督自身のインタビューのことばより、作品そのもののほうがそれを雄弁にかたるものであることはいうまでもない。だからぼくはインタビューのフェネールのことばをそのままのみこむ義務はないし、そもそもインタビューなんて、ねられたことばでいえるものでもなく、それに映画は商品でもあるから、そこでのことばは、そういう意味ももつのだとうことをさしひいてかんがえないと。タイトルもおなじ。いまさらいうまでもなく、タイトルというのは、映画のなかのもっとも「商品」的な部分だから、それで「愛について」などとかるがるしくくちばしってしまう。それがタイトルなのだ。
「愛」を、amourを、ぼくたちは、ここまでかいてきたようなしかたで、じつはすごく適当なしかたでつかってきたのではないかとおもう。安心するために、そこにはじめからあったもののようにおもえるように。でも、それは、「平時」、なにもおこらないときにしか安心の根拠にはならない。「愛」には「危機」がつきもの。「愛の危機」全文一致検索で、24,800,000件が0.14秒でヒットするぐらい、そうなのである。恋人のようすがおかしい。こどもがなきやまなくてうんざり。それでもぼくたちは「愛」を基本的に信じようとする。わたしには「母性愛」があるはずだ、「ぼくと彼女とは永遠の愛でむすばれているはずだ」云々。それでも「愛」はこわれる。もともとかたちなどないものだから。恋人たちはわかれ、こどもを虐待するおやがいる。恋人をころしてしまうことだって、三面記事としてはちっともめずらしいことではない。そして、この映画の3つの面会のなかのひとつは、まさに恋人につめたくされておもいあまってころしてしまった男に、ころされた男の母親があいにくるというエピソード。
この映画の中には、重要なやくわりを演じる何人かの「わきやく」が存在する。そのひとりは、いまかいたばかりの、恋人をころして服役中のおとこの実姉セリーヌ。マルセイユ市街の不動産業者で、みたところなんの不自由のない生活をおくっている。不自由のない生活。(でてこないけど)夫と、ふたりのまだちいさい、無邪気なこどもたちにかこまれた、つまり「愛」にみちた生活。おとうとはむかしから気のよわい、こころのやさしい子だった。もちろんおとうとのことも愛している。そのおとうとが、突然ひとをころした。
そのおとこにむすこをころされた母親ゾラは、犯人になんとかしてあいたい一心で、セリーヌのつとめるオフィスをつきとめ、みもとをかくしたまま、彼女と接触することに成功する。そして、偶然のはなしのながれで、彼女のこどもたちのベビーシッターとして、いえにでいりするようになる。そんなある日、セリーヌは、ゾラにうちあける。きちんとセリフをおぼえていないのだけれど、おとうとのことがあってから、「愛」というものがわからなくなった、自分が当然もっているはずの愛、たとえばあのこどもたちにたいする愛とか、そういうものがどういうものなのか、わからなくなりそう、というようなせりふ。
ぼくが冒頭からかこうとしていたことが、このシーンのこのせりふに集約されている。ぼくたちのまわりのいろいろなものには、ほんとうはなまえがない。なまえがないということは、そもそもそれが「なにか」としてとりだされているわけでもない。でも、なまえがあることで、ぼくたちはなんだかそれがはじめから当然のようにそこにあるものだとおもっていきている。でも、それは、ほんとうに存在することもあるけれど、なまえをつけて安心していただけで、あけてみると(なまえをとりさってみると、あるいはなまえがなまえにすぎないことに気づいてみると)、その存在が、ただなんとなく、人間の社会のなかであることにしてある約束のようなものにすぎないのではないかという不安に、簡単におそわれてしまう。なにもないのだ、「愛」などないのだ、といっているのではない。でも「愛」は、はじめからそこにあるものではなく、じつはひとりひとりが経験のなかで、「いきる」ことのなかでだいじにあたためて、そだててゆくようなものかもしれないということ。そのことをわすれると、世界は空洞ばかりの、かきわりの風景のようになってしまうことに、ぼくたちはどうしても気づくことができない。それが破綻するまでは、ということ。
破綻。きびしいことばだけれど、ぼくたちはちいさな破綻を日々経験している。しごとの失敗、人間関係のもつれ、さまざまなかたちでの大切な人の喪失。予想していなかった妊娠、嫉妬、にくしみ、絶望、いまかいたすべてのこと、そしてこうしてなまえをつけられないもっとさまざまなことが、この映画のなかにでてくる。そのひとつひとつに、フェネールはとてもていねいなことばをあたえ、映像としてかたちをあたえ、ぼくたちに、たしかに、きっと「愛」についてかんがえるようにしむけるのだ。そしてそのとき、ぼくたちがなれきっていた「愛」ということばのことばとしての希薄さを、ぼくたちはおもいしることになる。歌謡曲やドラマで鼻白みながらも、かるがるしくつかっていたことば「愛は地球を救う」「愛さえあれば」「愛のなんちゃら」「愛」「愛」「愛」。そのすべてが、どのひとつもそれではない、きみはなんでもないものにそのなまえをつけて安心しているけれど、いちどぎりぎりのおもいをしてみなさい、そうすれば、きみのなかで、そのことばは、いや、そのことばじゃなくてもいいんだ、きみがそんなに鼻白むなら、そんなことばでなくてもいい、その、それが、別の意味をもちはじめるかもしれない。「いきている」ことをつよく意識したことがある?自分が自分でうごいていきているのだということを、きちんとかんじたことがある?そこの、きみのとなりにいるひとに、きみはいまなにをおもっているの?すぐに「すきなひと」とかそういうこともいってほしくないな。簡単すぎるよそれは。いきてることって、ほんとはもっとややこしいことだって、きみはしっているでしょう。ややこしいことを、もっとそのややこしさのままひきうけないと、だからいったん、「愛」っていうの「愛してる」っていうのやめてみれば、たしかなものがあるかわからないけれど、あるとしたら、そういうところからこそみえてくるものかもしれない。
ところで、獄中の囚人と面会時にいれかわる、というのは、フェネールのインタビューによると、実際にこころみられることであるらしい。フランスの面会室は、日本の(しらないけど、それこそドラマとかでみる)とはちがって、アクリルであいてとしきられているのではなく、机をはさんでからだをふれあったりすることができるらしい。だから不可能なことではない。ステファンは、とにかく人生がうまくいっていない、いきていることのすみずみまでが破綻している。バイク便のしごとには集中できず、収入も不十分で、同居の母親から借金だらけ、しかもその母親とも妻とも不仲で、妻はよなよなであるいてはほかのおとこに売春まがいのことをしているようす。そんなときに、その妻が暴漢におそわれ、ピエールという町のやくざピエールにたすけられるのだが、そのピエールがステファンをみて、驚愕し、きみは、獄中にいる友人にうりふたつだ、かれは25年の懲役で服役しているがかれになりかわってほしい。そのための十分すぎる謝礼をだそう、きみが、脱獄した友人の安全が確保された時点で真実をうちあければいい。1年ぐらいの刑ですむだろう、という依頼をうけ、ちゅうちょのすえ、承諾する。こんなことを承諾できてしまうほど、ひとは困窮するのだろうか。ステファンは、なぜ承諾したのか。かねのため?妻のため?自分のため?このあたりのことは、正直にいってぼくにはまだ未解決。ただ、一種のスペクタクルとして、いちばん「みせる」のは、3つのエピソードのなかでもこれなので、このことについては、もうちょっとかんがえてみないといけない。なにをしてもうまくいかない、なんでもない、なんにもなりえない自分に「なまえ」をつけるために、「他人」となりかわることをうけるという逆説を、かれはうけいれたということか。かれをののしり、なじる妻を、ステファンはなんどもだきしめようとする。でも妻の態度はかわらない。これも「愛」となまえをつけて安心していたものの「空洞」ということなのか。それを、「なりかわり」によってかれは復元することができるのだろうか。おまえのような人間の1年がどれだけのものなんだ、というようなことばを、ピエールはあるときステファンにあびせる。がらんどうの「生」に、なかみをつくること、そしてそのためにすることが、他人になりかわること?それがそう?そこまで?
高校生のロールは、サッカーにうちこみ、母親にはそんなあぶないスポーツはやめなさいといわれながらも、クラブの友人たちとそれなりにたのしい日々をおくっている。そんなとき、通学のバスで、けんかでもしたばかりなのかひたいから血をしたたらせながら破天荒なふるまいをするアレクサンドルという若者に、なぜか気をひかれ、つきあうようになるが、ひょんなことからアレクサンドルは暴力事件をおこして刑務所に服役するようになる。「投獄された恋人」をもつ身となったロールは、彼と面会するために、たまたましりあったシニカルな研修医アントワーヌに同行をもとめてアレクサンドルとの面会を、アントワーヌ同席のもとに実現し、3人の、奇妙な関係が面会室で展開することになる。そのうち、ロールの妊娠が発覚し、それをつげにアントワーヌとともに面会にいくが、突然ロールは面会を拒否し、彼女を廊下にまたせたまま、アントワーヌひとりがアレクサンドルともっと奇妙な面会をする。このエピソードでは、先のセリーヌのケースとはちがって、そこには、なまえがついたものがなにもない、アントワーヌは終始超然とした態度をくずさず、アレクサンドルは、アントワーヌが同席しているのにもかまわずロールとの「愛」をたしかめようとしつづける。そして、結局ロールはアレクサンドルからはなれる。たしかなことは、ロールが妊娠したということ。「愛の結実」?とんでもない、では、そこにはなにもないのか、あるのか、なにがあるのかを、ぼくたちはとわれることになる。
むすこをころされたゾラは、犯人、つまりセリーヌのおとうとフランソワとの面会をはたす。ゾラはゆっくりと、自分のこどものなまえの由来をあかし、それによって自分の正体をあかす。フランソワは動揺しつつも、眼前の、自分がころした恋人の母親にむかって、自分がなぜ殺人をおかしたかをかたる。母親はきびしい視線でフランソワをみつめ、彼はその視線にたえることができずとりみだす(そしてこの動揺に乗じてステファンは獄中の男とのいちど失敗した「なりかわり」に成功する)。ここでは、ふたつの「愛」が破綻している。フランソワは恋人を、ゾラは息子をそれによってうしなう。両者のあいだには当然のことながらいかなる「連帯感」がうまれるわけもないが、それでもふたりは、ともにもっとも愛するものをなくしたという経験が共有されている。そこでは、いったい何が喪失されたのか。それが「愛」だとしたら、いったいそれはなにものなのか。
雑ぱくになってしまったが、この映画のものがたりをすこし忠実にたどってみた。
「愛」「愛している」ということばを、ぼくはますますかるがるしくつかえなくなった。そんなものがあるのか、というきもちもそのままだ。ちがうのは、それでも、フェネールをしてここまで「愛」をといかけさせるものがあるのだという、そのなにかについての確信である。不安をおそれずに、「愛」をいったんすててみよう。そして、それでもぼくたちはだれかとなんらかの関係をもてるのだということ、その関係がどういうものでありうるのかということについて、こたえをみつけようとするのではなく、といつづけてみよう。そういうふうにおもうこと。
ほかにもかきたいことはあるけれど(たとえば、「だれかひとりだけでもがんばれば、ほかのひとはついてくる」というこの原題、どうしましょうね。ラップの歌詞だとフェネールはいっていたけれど)、もうすでに(むだなこともかいてしまったので)ながすぎる。よんでくれて、ありがとう。
(画像出典:http://www.critikat.com/Qu-un-seul-tienne-et-les-autres.html

2012年11月26日月曜日

かみしめる時間 – ツァイ・ミンリャン『楽日』–

 
台湾の映画作家、ツァイ・ミンリャンの2003年の作品『楽日』を、映画館でみることができました。家庭用ビデオと、ビデオ・レンタルが普及してから、映画を映画館でみるのか、家でビデオでみるのか、ということを、ぼくのような中途半端な映画ずきも、それなりにかんがえてきました。そしていつのまにか、「この映画は、ビデオで十分」といようないいかたを、つくったひとの気もしらずにいってしまったりするようにもなった。「映画は映画館でみるべきである、だけど」のあとにつづくことばはたくさんあります。「たかい」「時間がかかる」とか。そのうちに、家庭用のテレビ画面はどんどん大きくなり、画質も音響もよくなって、いつか映画館はなくなってしまうのか。それでも映画館でみなければいけない映画館はあるのか、というときに、この作品は、と『楽日』をちゅうちょなくきっとあげることができるだろう。そんな作品でした。ツァイ・ミンリャンは90年代後半からの作品をいくつかみましたが、長編としては『楽日』の前作にあたる、『ふたつの時、ふたりの時間』という作品がとてもすきで、それこそDVDまでかったのに、すこしぼくは、この作家の作品をさぼっていました。そして、それをとてもくやみました。
「いつか映画館はなくなってしまうのか」とうえにかきましたが、みたひとならご存じのように、この映画は、この日を最後に閉館してしまうふるい、おおきな映画館を舞台にしたはなしです。ウェブですこししらべてみたら、こんなふうにかかれた文章をみつけました。
「この映画は、言うまでもなく映画と映画館、さらには映画を見るという行為への愛の映画である。監督のツァイ・ミンリャンは、台北に実在する古い映画館が閉 館すると聞いて、その建物を半年間借り受け、そこで1本の映画を作ることを即決した。そしてキン・フーの『血闘竜門の宿』のプロデューサーに掛け合い、こ の「閉館する映画館の巨大なスクリーンに最もふさわしい」作品を使用する快諾を得た。」(http://prenomh.com/prev/tml-movie/2006/rakubi/index.html2012/11/26確認))
このリンクの全体をよんでもらえれば、映画の概要や、この映画のひとつのただしいみかたのようなものがわかります。そのことについては、ここではくりかえしません。すこし、ちがうことをかいてみようとおもいます。
ツァイ・ミンリャンの作品をぼくは数本しかみたことがありませんが、いつも、この作家の作品には、誤解をおそれずにいえば、一種、あまり映画らしくない時間がながれているという印象をうけていたのですが、この作品でもそれはおなじ、というか、この作品こそ、その「映画らしくない時間」が作品全体をおおっているような気がしました。
よくしられているように、ツァイ・ミンリャンは、とてもとても「長回し」な作家です。カメラがある場所におかれて、そこから、そのシーンがおわるまで、じっとうごかないカメラとおなじ場所から、観客は、じっといきをころして、そのカメラがとらえたフレームのなかの、あるいはフレームのそとにある時間のながれを、カメラと、あるいは人物たちとすごさなければなりません。正直にいうと、ぼくはこの作家の作品をみているとときどきふーっと睡魔におそわれることがある。そして、一瞬のゆめうつつのあと、あ、うとうとしてしまった、とおもっても、画面はそのまま、まるで、うたたねしそうになったぼくのことをまっていてくれたように、やさしく、ぼくを映画の世界のなかにひきもどしてくれるのです。
ほんとうはこれこそが、「映画らしい時間」というべきなのでしょう。でも普通の映画はそうではない。90分とか120分とかいうかぎられた時間のなかで、ひとつの完結した、大なり小なり整合性のあるものがたりを構築するために、時間は編集される。はなしのながれをおうために必要なせりふや人物の行動が、もちろん芸術的な配慮もふくめて、「ちょうどのながさ」にきりわけ、編集されて、「はい、それでそのあとなんだけど」と映画のなかの時間は、通常はながれてゆく。じっとうごかないような時間がそこ展開することもあるけれど、それもその必要があるからこそそのように配置された時間ではありつづける。それが一般的な映画的時間のながれなのではないでしょうか(もちろん、そんな単純な一般化をするものではないともおもいますが、議論のために、このようにまとめさせてください)。
これにたいして、ツァイ・ミンリャンの作品、とりわけこの『楽日』では、そのような映画的な時間のながれでものごとは進行しない。もちろん、それとて作家によって計算されたもの、編集されたものであることを否定するものではありません。でも、すくなくともぼくのようなしろうとにそれを感じさせることなく、ぼくたちは、作中の時間を、作品といっしょに、ぐっとかみしめながら、その映画の時間のながれのなかに身をおかなければならない。82分という、長編映画としてはけしてながくない上映時間のあいだ、それでもせりふらしいせりふは4つか5つぐらいだろうか。あとは、ぼくたちのまえに展開するのは、閉館予定の映画館ではたらき、映写技師におそらくこころをよせて、おおきなまんじゅうをかれのためにあたためたりしている若い女性、同性愛者のであいの場所となっているとおぼしき館内で、席をたったりすわったり、おちつきなくうごきまわる日本人の青年、まごをつれ、自分のわかかりし日のすがたを画面の中にみすえる老俳優、もうひとり、おなじように画面のなかの自分と対峙しながらなみだぐむ壮年の俳優といった人々が、大きなその映画館のなかで、ぎりぎりのところで、たがいにかかわりあっているのかいないのか、という、観客には不可思議な時間のながれのなかで、それぞれうごめいている、そんな映画だ、といえばいいのでしょうか。
カメラもまた、ひとつひとつは超がつくながまわしなのですが、いりぐち、客席、廊下、トイレ、映写室、券売のまどぐち、倉庫といったこの映画館のいろいろなところに身をおき、くらやみとひかりがおりなすふしぎな、そしてうつくしい映画館最後の日の風景をうつしとっています。それはたとえば、長年つかってきて、とうとうつかえなくなった道具をすてさるまえに、つかえなくなったそのディテールをつぶさにながめなおすときの、でもそれはなごりおしさやノスタルジーといったものではない、もうすこしなまなましい表面のてざわりの感覚そのもののようなもの。そのなまなましさは、ツァイ・ミンリャン得意の雨、この作品のすべての時間にふりつづいている雨のしめりけによって、ぬらりとひかる表面として強調されているともいえるかもしれません。雨は、当然映画館の外部でふりつづいているのですが、その映画館はとても古いのでいたるところで雨もりや水もれがあって、「天候」としての雨の外部性、あるいはたてものとしての映画館の内部性は部分的にとりけされ、映画館という隔離された時間のながれのなかに侵入してくる。そして驟雨といってよいそのつよいあまおとは、映画館のなかの時間と、外部の時間を交錯させ、ぼくがさっきからかこうとしている「映画的な時間」ではない、かといってリアルともちがう、もしかしたらこれが本来映画をみるときにかんじるべきであるような時間のながれをきざもうとしているような、そんなきもちになりました。映画の最後に、カメラは無人の客席の全景をとらえそのまま5分間まわりっぱなし。さきのリンクにはこれについて以下のように書かれていました。
「ヴェネチア映画祭でのこの映画の上映は、ちょっとしたハプニングとして今も語り継がれている。映画の終盤、空っぽの観客席をスクリーン側から捉えた不動の ショットが5分間続く。そのとき、観客の反応は真っ二つに分かれた。何かの間違いではないかと、腰を浮かせ、ざわつき始める観客たち、そして感動のあまり 息をするのも忘れて静かに涙を流す観客たち――。」
でも、この作品は、いまもすこしかきましたが、なにか「リアル」な「現実の」時間のながれをあらわしているのではありません。つまり、なにかしらドキュメンタリー的な時間がそこにあるのではない。そのようにいうには、この作品はあまりにもものがたり的なものです。ただ、「ものがたり」がそうであるように、もつれたいとがほどかれたり、はなれていた糸のさきがむすびあわされてあたらしいむすびめができるような、そんなものがたりではなく、むしろ、どこにもむすびめができないことがものがたりであるようなものがたり。
館内をうろうろとうごきまわる日本人青年は、ほかのおとこたちのようにゲイで、つかのまのパートナーをもとめているのかいないのか、かれによりそう、といより「隣接してくる」といったほうがちかいさまざまなおとこたちは、かれとのものがたりをつくろうとしているのかいないのか、みているぼくたちにはよくわかりません。券売のおそらく片足が義足の女性は、巨大なまんじゅうをあたためながら、おそらく映写技師にこころをよせているのだろう、とぼくたちは想像することができるけれど、彼女がそっと映写室のかたすみにおいたまんじゅうの半分は、当の技師に気づかれることなく、彼女はそれをふたたび回収してしまう。上映がおわり、その彼女が荷物をまとめてしごとばをはなれたあと、おなじようにあとかたづけをすませて映写技師がおりてきますが、そこには彼女はもういない、そしてかれは券売まどぐちのなかのなべにのこされたまんじゅうの存在にきづき、ふりしきるあめのなかを、もしかすると彼女をさがしてオートバイででてゆくのですが、彼女はまだものかげからそのかれのようすをみていた、というすれちがい。
「映画」がつくりあげてきた「映画的な時間」は、もしかしたら、ぼくたちがひごろの、現実のなかであじわう「なにもおこらない」時間の重力のようなものをきりおとしすぎて、「映画的な時間」を構築したと同時に、「映画がえがいているはずの時間」の感覚を解体してしまったのかもしれない。映画の中では、そこでなにがあったのか、その後のものがたりのために必要ななにがいわれたのか、なにがなされたのか、ということが表現され、理解されればつぎの画面、つぎの時間のながれにすぐに移行してゆく、そしてそのことに観客は大なり小なり安心して、映画の「映画的な時間」に身をまかせることができる。でもぼくたちは、ほんとうはそんな生をいきているわけではない。なにもおこらない時間、ただあしおとがひびき、もれくるひかりをながめ、たちすくみ、まどろみ、なにかわからないものにおびえつつけっきょくそれがなにかわからずおわってしまう、まってみたけれどなにもおこらない、なにかがなんらかの結果にむすびつかない、そんな時間をいきていることがほとんどで、それでも、そういう時間のながれのなかに、いろいろなものがたりをみつけながらいきてゆく。映画はしょせん1時間半なりのはこにはいったつくられたものがたりだけれど、そういうふうに編集されたものがたり以前のゆったりとした、でもそれなりの緊張感のあるときのながれのなかにこそ、「映画らしい時間」が再発見されるのかもしれない。けれど、実はそれはもうちょっとておくれで、映画館の映画は、もはやそのやくわりをおえてしまった。ぼくたちは、ごみばこにすてるまえのつかえなくなった古びた道具のディテールをひとしきにながめまわすように、でもそれはほんとうに宇宙全体のようにぼくたちのこころのすみずみにとどくものであったものをおもいだしながら、日本人青年がひとことだけ発音する「さようなら」という日本語のせりふに象徴されるように、わかれをつげているのかもしれない。
そんな映画を、映画館でみることができたのは幸運でした。近所の映画館が「宝塚映画祭」というちいさな映画祭の会場で、そこでの上映作品のひとつとしてえらばれたことで、この映画の存在をしりました。そのぐらいぼくは、ツァイ・ミンリャン監督のことを、すこしわすれてしまっていた。そしておもいだしました。
映画はでも、まだきっとおわっていない。ぼくはそんなことをロマンチックにかけるほど映画愛好家とはいえないけれど、映画のおわりをえがいたこの作品は、それでもどうしても映画館にぼくたちはでかけなければいけない映画があるのだということを、逆説的にしめす映画だったということなのでしょうか。

2012年11月4日日曜日

『終の信託』のナイーブさ


これでまた、尊厳死・安楽死を擁護するディスコースがひとつつむがれてしまった。この映画は、いくつかの批評でいわれているように、公平な視点からとられたものではなく、「パイプをいっぱいつながれて、肉の塊になっていかされる」生を、「はたらくこともできず、医療費ばかりつかってしまう自分がもうしわけない」生を、やはり、はっきりと否定しているという点で、ステレオタイプな尊厳死擁護論をなぞっただけのものでしかない。
「自分の生(死)は自分できめる」というきりふだのようなものいいがある。自分で自分を評価するのだから、自分を「肉の塊」とよび「生きているのがもうしわけない」ということは、それはそれでかまわない、どころか、ある種の「利他」の意思表示であると肯定的に評価される。しかし、そうやってきめられた「自分の生」は「生」一般についての議論と無縁でありうるか。それは無理である。
自分で決めた自分の生は、パイプだらけで生きている人をみて、「おれはああはなりたくない」「あんなふうにして生きていてなにがいいのだ」と思ったうえでの判断ということになる。つまりそれは、自分の生だけではなく、他者の生についてもそのようなものいいが可能になるような土壌を準備することになる。
くるしいけど生きたい人がいるかもしれない、くるしいなら生きたくないといっていても、(映画の中の「悪役」検事がいっていたように)そのときになればわからない。主人公の「患者は、くるしくても、それを意思表示することができない」というせりふは、そのまま「患者は、やっぱり生きたいと思ってもその意思表示をすることができない」といいかえられることで、その根拠をうしなうことになる。
「そんなふうに生きていてもしかたない」生はありえない。だから、ひとは、自分の生だからといって、それについて同じようにいうこともできない。そのようなかんがえをすこしでも肯定する表現活動も、おおいに批判されなければならない。
患者のくるしみは、ではしかたないのか、くるしんでいてもがんばってもらうしかないのか、ということになるというのではない。それをどうするかは医療や社会がこれからずっとずっとかんがえてゆかねばならないこと。注意をはらうべきなのは、『終の信託』のような映画が、商業映画、つまりエンターテイメント作品として多くの人にみられてしまうこと。ことの一面だけをとらえたかたりがかたられつづけることに、くちをさしはさむことができないということ。
周防正行監督に、このようなナイーブな生命観にのっかった商業映画をつくってしまったことについて、そしておそらくはこの作品におよぶ(ことをのぞむ)多くの批判について、ご自分のたちばを、はっきりとしめしてもらいたい。表現の自由があるかぎり、たとえばこのような映画のかたりを阻止しなければならないというのではない。わたしとおなじように、これに異をとなえようとするものが、これにしっかりと対抗するものいいをつむいでゆかなければならないということをあらためて痛感したということ。